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研究者が薦める映画.4『博士の異常な愛情』/国際政治学者・藤原帰一

掲載日:2022年6月14日

UTokyo映画祭2022
東大の様々な分野の研究者12人に、各々の専門分野の観点からお薦めする作品を紹介してもらいました。映画を鑑賞する際の手引きとして、また、各研究者が進める学術への興味を高めるきっかけとしてご覧ください。
国際政治学者 お薦めの一本

『博士の異常な愛情』

藤原帰一
法学政治学研究科 教授

FUJIWARA Kiichi

 
©1963, renewed 1991 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.

ブラックユーモアで捉えた米ソの核開発競争

国際政治学の議論というのは得てして抽象的になりがちで、掬いきれない部分がどうしても残ります。たとえば、アフガニスタン紛争の際に様々な議論がありましたが、市井のアメリカ人がどう受け止めているのか、なぜ紛争に賛成するのかなど、わからないことばかりでした。最近なら米中の対立を見て「中国政府が」とか「習近平体制が」などと言って考えますが、それでは中国に暮らす人から世界がどう見えているのかはわかりません。相手の社会を知らずに決めつけるのは危険ですが、これは国際政治学では手が届かない部分です。その点、映画は違う。フォーマルな理論とは違う引いた視点から捉えることで見えてくる社会の姿というものがある。そんな思いを胸に映画を観てきました。

アメリカの戦争はどう語られてきたのか。これが私にとっては重要なテーマであり続けています。アメリカで武力を用いた物語といえば西部劇ですが、たとえば『駅馬車』が描き出す時代は、決して戦争に肯定的ではありませんでした。第一次世界大戦期には、欧州が舞台の戦争に参加すべきなのかという疑問が広がります。『西部戦線異状なし』は、ドイツの若者が戦場で死ぬ物語。描かれたのは、悪者としてのドイツではなく避けるべき悲劇としての戦争でした。

映画は政治学の手が届かぬ部分に迫れる

それが一転するのが第二次世界大戦です。『カサブランカ』に現れるドイツ人は明らかに悪者でした。アメリカが戦争で世界を安全にし、民主主義という望ましい仕組みを広める、という考え方が根底に見えます。そしてこれがアメリカの正統な戦争認識になりました。映画は社会通念の変転を如実に映し出しています。

1963年 監督:スタンリー・キューブリック 出演:ピーター・セラーズ、スターリング・ヘイドン Blu-ray 2,619円(税込) 発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント 動画配信:Amazon、U-NEXTなど

一方で、映画にはそれと違う重要な働きもあります。そのことがよく表れているのが『博士の異常な愛情』です。まだ30代のスタンリー・キューブリック監督が米ソの冷戦と核兵器競争を辛辣に風刺した名作です。

精神に異常をきたした米軍の基地司令官が、自分だけの判断で爆撃機によるソ連への核攻撃を命令します。核戦争を避けたい大統領は、爆撃の直前、ソ連の首相に電話するのですが、時候の挨拶から始まる二人のトークが非常に印象的で、私はいまも暗唱できます。結局、爆撃機は呼び戻せず、核爆弾が投下されるのですが……。

題名につながるStrangeloveという変わった名の博士は、核兵器の専門家としてアメリカに帰化したドイツ人で、V2ロケット開発のフォン・ブラウンを思わせます。車椅子に乗っていて右手も不自由ですが、核爆弾投下後の世界を話し始めると、途端に元気になってナチス式敬礼を決め、歩き出します。そして、キノコ雲が花火のように次々と上がる恐ろしくも美しい映像の後ろに流れるのは“We’ll meet again”と歌う優雅なジャズナンバー。ブラックユーモアに溢れた映画史に残るラストです。

当時、冷戦下で核戦争への懸念が確かにあり、それを前提とした作品ではあります。でも、監督は少し引いて見ている。ここには正義の戦争を行うアメリカは微塵も存在せず、馬鹿なことをやるんじゃないぞという意図が見えます。対象を突き放して作り手が独自の表現をする、映画というものの力を感じさせる一作です。
 

その他のおすすめ
罪の手ざわり
2013年、ジャ・ジャンクー監督。4人の罪人の物語を通して、社会の不正に反発しながらそれを表現できない人々のフラストレーションを任侠スタイルで描く(中国では未公開)。

アウトポスト
2020年、ロッド・ルーリー監督。アフガニスタン紛争で最も過酷だったとされる米軍前哨基地とタリバンの戦闘を描く(実話が元)。これも一歩引いた視点で作られた一作。

存在のない子供たち
2018年、ナディーン・ラバキー監督。貧民街に住むシリア難民の12歳の少年が、妹を売ろうとする親に反発して家出し、親を告発する。シリア難民の少年が主人公を演じている。

※所属や職名は2022年3月時点のものです。

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