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研究者が薦める映画.10『太陽の墓場』/ロシア史研究者・池田嘉郎

掲載日:2022年7月12日

UTokyo映画祭2022
東大の様々な分野の研究者12人に、各々の専門分野の観点からお薦めする作品を紹介してもらいました。映画を鑑賞する際の手引きとして、また、各研究者が進める学術への興味を高めるきっかけとしてご覧ください。
ロシア史研究者 お薦めの一本

『太陽の墓場』

池田嘉郎/文
人文社会系研究科 准教授

IKEDA Yoshiro

 
©1960 松竹株式会社
1960年 監督:大島渚  出演:津川雅彦、炎加世子、佐々木功  DVD 3,080円(税込)発売元・販売元:松竹 動画配信: Amazon、U-NEXTなど

破局から立ち上がる創造の力がヒロインに現出

歴史研究者が論文を書くことと映画監督が作品を創ることは似ています。どちらも関係の網の目からなる世界の全体を、部分を組み合わせることで再構築するのです。部分というのは史料であり、フィルムです。人物の配置、場面のつなぎ、物語の展開、これらは部分の組み立ての如何によって、結局世界を見る目の力によって決まります。立ち上がる作品世界はいずれも虚構ですが、部分を組み直す力によって虚構のリアリズムも決まります。私はこの認識を、山際永三監督の作品、および彼の映画批評を学ぶことで手に入れました。いま、自分の専門であるロシア史研究とは別に、山際研究に取り組んでいる最中ですが、これまでの成果は「山際永三『狂熱の果て』とリアリズムの探求」「山際永三『炎1960~1970』と映画運動」として東大文学部の『文化交流研究』に発表しました(インターネット上で読めます)。

その山際の盟友であり、同じような情熱をもって世界の再創造に取り組んだのが大島渚です。『愛と希望の街』(1959年)は破局の予感が破局へと落着し、『青春残酷物語』(1960年)は破局のエネルギーを全編追い、そして『太陽の墓場』(1960年)にいたって破局の中から立ち上がる創造的な力がヒロイン炎加世子の姿に現出します。大阪のドヤ街の二人のやくざ、ほとんど擬似恋愛の関係にある津川雅彦と佐々木功は、彼女の肢体に衝突して崩壊します。「血液銀行」「戸籍売買」という日本の生々しい現実が、ドヤ街の住人を翻弄します。その中でひとり炎加世子は地母神のように立ち、人を殺し、揺らぐことなく生き続けます。彼女の勇猛な姿はフェリーニ『8 1/2』(1963年)の地母神サラギーナを先取りするようです。『青春残酷物語』の主人公たちの破滅に対して、そのさらに先に行くにはどうすればよいのか。この問いに賭けてつくられたのが山際永三『狂熱の果て』(1961年)です。絶望の先に広がる魂の荒野をさすらうヒロイン星輝美の小さな姿と、『太陽の墓場』における炎加世子の疾駆する躰とは、1960年前後に噴出した叩きつける創造力をフィルムにとらえたもので、60年後の今日も剝き出しの荒々しさでぶつかってきます。

 

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