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疲れるとどうして眠たくなるの?→上田泰己|素朴な疑問vs東大

掲載日:2022年9月20日

素朴な疑問vs東大
「なぜ?」から始まる学術入門

言われてみれば気になる21の質問をリストアップし、その分野に詳しそうなUTokyo教授陣に学問の視点から答えてもらいました。知った気でいるけどいざ聞かれると答えにくい身近な疑問を足がかりに、研究の世界を覗いてみませんか。

Q.1 どうして疲れると眠たくなるの?

夜になると自然に眠たくなってきます。運動したりがんばって働いた日にはいつもより眠たくなる気がします。そもそも眠気って何なの?
A.カルシウムイオンが神経細胞に入るから
回答者/上田泰己
UEDA Hiroki
医学系研究科 教授
カルシウムイオンの入口の1つ(NMDA型グルタミン酸受容体)の阻害剤を、神経細胞の活性化が蛍光の変化で見られるマウスに投与し、透明化の手法で観察したところ、阻害剤により神経が活性化されたことがわかりました(阻害剤を投与した場合=右画像のほうが緑色が強い)。

寝息のパターンを探って眠気の正体へ迫る

なぜ眠たくなるのか。この疑問に関して以前から知られていたのは、体内時計(概日時計)の存在でした。体内の一つ一つの細胞に24時間周期で時を刻む分子があります。脳の視床下部にある視交叉上核という神経細胞がそれらと連携して時刻合わせをすることで正確な時を刻み、地球の自転周期に基づいて眠くなるという仕組み自体はかなり解明されてきたのですが、一方で眠気というものの正体はよくわかっていませんでした。昼によく働いて疲れると夜に眠くなりますが、その疲れとは何を意味するのか。眠気はどのようにたまるのか。

動物の睡眠を測定するのはなかなか難しく、従来は脳外科のような手術をしないといけませんでしたが、私たちは寝息のパターンを使って動物を傷つけずに測定する技術を2016年に編み出しました。マウスの呼吸パターンを指標に睡眠時間を測るSSS法(Snappy Sleep Stager法)です。この技術は遺伝子改変したマウスの睡眠に起こる変化を確かめる上で非常に有効で、それほど操作に慣れていない人でも睡眠を解析できるようになり、研究が進んだのです。私たちが開発して磨いてきた脳や全身を透明化するCUBICという技術も役立ちました。そうして見えてきたのは、眠気の正体はカルシウムだということでした。

眠気のポイントはカルシウムだった

2014年、上田研究室は組織懸濁液を透明にする化合物を探す中でアミノアルコールが高度な透明化を可能にすることを発見。マウスの全脳透明化を達成し、全身の透明化にも成功しました。CUBICと名付けたこの技術は、癌細胞の転移を調べたり、統合失調症患者の脳の状態を調べることにも使われています。

体内の細胞の間隙にカルシウムが存在します。神経細胞が興奮すると細胞の外から細胞内にカルシウムが入ります。カルシウムが入るとCaMKIIというリン酸化酵素が働いてそれを数えます。これが眠気の正体ではないかと予測し、21種類の異なる遺伝子改変を施したマウスで検証したところ、やはりカルシウムイオンによって調整されるメカニズムが睡眠時間を制御していました。眠りに入るには神経細胞にカルシウムイオンが流入する必要があり、覚醒するにはカルシウムイオンが神経細胞から流出する必要があったのです。従来はカルシウムが神経を興奮させると思われていましたが、実際にはカルシウムがブレーキとなり、神経の興奮がさめて眠気のもととなっていました。昼に何かを学んだりすることで興奮し神経細胞がカルシウムを取り込むことで夜によく眠れるのです。

私は10年前に細胞の研究から細胞が集まった動物の研究に移り、いまは動物から人の研究に移っています。動物では寝息から睡眠を捉えましたが、人の場合は手の動きで捉えるというアプローチを採っています。手は寝ているときも動きますが、睡眠時と覚醒時の手の動きはだいぶ違います。それを見分けると、病気のときによく起こる中途覚醒という睡眠パターンが顕著にわかります。手の動きをセンサーにして、背後にある眠り・覚醒の状態や脳の状態を調べようというわけです。 

健診で睡眠を測って日本の睡眠の質向上を

上田先生が2020年に創業したACCELStars社で開発中のウェアラブル端末では、睡眠障害の検知に不可欠な中途覚醒も正しく検出することが可能に。www.accelstars.com

人の睡眠の研究を始めたのは、特定健康診断に睡眠測定を入れたいと思ったから。睡眠を定期的に測ることで脳の状態を把握し、病気の予兆を早めに捉える仕組みを作りたかったのです。ただ、適切なウェアラブルの測定装置がなかったので、開発を始めました。加速度センサーで測る装置はありましたが、中途覚醒を捉える精度が低かったのです。実験室にベッドと複数の医療機器を導入し、そのデータと腕時計型加速度センサーのデータを検証したところ、腕時計センサーだけでも正しいデータが取れました。2020年に実用の目処をつけ、今年2つの論文を出しました。一つはACCELという検出アルゴリズムで正確に眠りと覚醒を把握する技術、もう一つはACCELで10万人の睡眠覚醒パターンを分類する試みについてのものです。

睡眠状況が悪くなった人には薬や医療機器がありますが、未病の時点で悪化を防ぐという面が睡眠医療では弱い。そこをなんとかしたいと思って技術を磨き、2020年8月に睡眠健診の社会実装を目指すベンチャーを立ち上げ、同年10月には睡眠健診運動を始めました。日本の皆保険制度の特徴を活かして睡眠健診を広げる運動です。検便や検尿のように、事前に装置を渡して健診日に提出する形で、1週間ほど装置を腕につけてすごすだけで脳の状態を確認できます。

日本人の睡眠の質の低さがよく取り沙汰されます。そこが可視化されると、睡眠は基本的人権の一つだという認識が強まり、その質の確保が国や雇用主の責務となるでしょう。最近の研究により、睡眠は単なる休養ではないとわかってきました。睡眠することで記憶を担う神経細胞同士のつながりが強くなるようです。睡眠は人を人たらしめる脳の活動を支える重要なプロセスです。睡眠健診の重要さは増していくと思います。

参考図書
『実験医学 Vol.40』 (羊土社、2022年) 「睡眠医学~眠りの分子・神経基盤を解明し、睡眠異常へ介入する」という大特集の企画を上田先生が担当。睡眠医学の現在と未来を知るための一冊。
 

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