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家畜を育てなくても肉が食べられるってホント?→竹内昌治 GX入門/身近な疑問vs東大

掲載日:2023年5月30日

身近な疑問vs東大
GX(Green Transformation)に関係する21の質問にUTokyo教授陣が学問の視点から答えます。他人事にできない質問を足がかりにGXと研究者の世界を覗いてみませんか。

Q.11 家畜を育てなくても肉が食べられるってホント?

環境保全や動物福祉の観点から肉が食べられなくなるのかと思ったら、研究室で肉が作られている? どういうこと?
培養肉の塊を作る研究が進んでいます

回答者/竹内昌治
TAKEUCHI Shoji

情報理工学系研究科 教授
機械工学

竹内昌治

目指すのは分厚いステーキ培養肉

竹内研究室が培養に成功した筋組織の顕微鏡写真。筋線維が見られます。

温室効果ガス排出量の軽減や食糧不足対策として、今世界中で技術開発が盛んに行われているのが「培養肉」です。従来の食肉の代わりとなる「代替肉」の一つとして期待されています。どのようなものかというと、動物の命を奪わずに一部の筋肉の組織だけを採取し、そこから取り出した細胞を培養して、肉として成形したものです。培養肉とひとことで言っても、実はいろいろな方法があり、植物性の大豆ミートのようなものに、大量に培養した肉の細胞を混ぜたものを培養肉と呼んでいるグループもあります。私たちが目指しているのは、動物の生体から切り取ったステーキ肉のように厚みのある塊肉。本物と同じ細胞でできた肉を体外で作るにはどうしたらいいのかを研究しています。

では実際にどうやって作るのか。動物の筋肉の元となる細胞をアミノ酸や砂糖などの栄養成分が含まれた培養液に入れて置いておくと、細胞が自由に動き、細胞同士が接触していきます。そこにある条件が整うと2個が1個に融合し、また別の細胞がやってきて……と融合を繰り返すと、「筋線維」という細長い細胞ができてきます。これが束ねられて次第に分厚くなったものが基本的な筋肉の組織構造です。現在、この筋組織の作製には成功していますが、問題は厚みです。分厚い培養肉がまだできていません。

薄い厚さだと、培養液が奥まで浸透して細胞も元気でいられます。これが1~2cmの分厚い組織になると、奥まで培養液が浸透せず、培養している過程で細胞がどんどん死んでしまいます。いかに細胞を死なせずに、長期間培養して、筋肉を一方向に揃えたまま生体と同じように育てられるかが大きな課題です。再生医療が進んでいる現在でも、細胞ベースで本物と構造も機能も全く同じ臓器を体外で作り出した例はいまだにありません。私たちは初めの一歩を踏み出したという状況です。

2019年に日清食品ホールディングスと共同で作製に成功した、牛由来の筋細胞を使ったサイコロ状培養肉(1cm×0.8cm×0.7cm)。薄い培養肉を何枚も重ねることで、厚みをだしました。

技術と文化と規制が課題

培養肉を試食する日清食品ホールディングスの古橋麻衣研究員(左)と竹内先生。茹でた培養肉は、牛肉の味はしないものの、噛み応えがあったそうです。

2022年3月に日清食品ホールディングスと共同で、食用可能な素材のみを使った「食べられる培養肉」の作製に成功しました。牛肉由来の筋細胞を使った、1ミリくらいの厚さの培養肉です。これを茹でて試食してみましたが、残念ながら牛肉の味はしませんでした。本物の牛肉を茹でたものを食べるとほのかな牛肉の風味のようなものを感じますが、培養肉ではそれが一切ありませんでした。それはなぜなのか。鉄分や肉の油が関係あるのではないかと思いますが、そのような風味がどこから出ているのか、まだ明らかになっていません。

課題は、技術の発展と文化の醸成、そして規制の構築です。技術面では、体外で体内と同じ組織を成功させるだけでなく、それを効率よく安価に、美味しいものを作れるようにしたいと考えています。また、培養肉を普及させるためには、培養肉が受け入れられる食文化の醸成と、しっかりとした規制の構築もしなくてはなりません。培養肉の先進国のシンガポールでは、すでに政府が培養鶏肉の食用を認めていて、「培養肉チキンナゲット」などが販売されています。オランダでも最近、培養肉を試食することが許可されました。日本も培養肉について指針を打ち出さないと、大きく後れをとる可能性があります。

培養技術で人間のようなロボットを作製

培養肉の研究は、人間にそっくりなロボットを作りたいという研究室の大きな方向性の 中で生まれました。人間と同じ素材を使わなくてはいけない筋肉や神経に加えて皮膚の培養も研究しています。人間のような形をしたロボットを培養した皮膚で覆うと、質感を人間に近づけることができます。この皮膚は傷がついても元に戻ります。将来、いろいろなセンサーを備え、温度も感知できるし、触覚も組み込むことができるかもしれません。細胞を素材として考えることができるようになると、今までと全く違ったものづくりができるのではないでしょうか。動きも人間のようにするため、筋肉で動くバイオハイブリッドロボットを作りたいと思っています。この筋肉作製に培養肉の研究が役に立つのではないかと考えています。

ロボットを作ると同時に考えなくてはならないのが、廃棄までの環境負荷を低減することです。生物を使ったバイオハイブリッドロボットの主な材料は生体素材なので、基本的には土に還ります。残った部分は再利用して、そこにまた新しい生体素材を付けてロボットにすることもできるはずです。生物を人工物の素材にすると、生きたものなのでそのうち形が変わったり、個体差が出てきたりします。それをもの作りのパーツとして使うにはどうすればいいのか。すなわち、「細胞を使ったものづくり」こそ、次の機械工学が取り組むべき一つの課題だと考えています。

人の皮膚細胞から作製した「培養皮膚」で覆われた竹内研究室の指型ロボット。コラーゲンシートを貼ることで切り傷が修復されます。
2022年に作製に成功した「食べられる培養肉」。食用可能な素材のみを使いました。培養された細胞は白っぽい色なので、食紅を使って赤くしています。
竹内先生の本(共著)
培養肉とは何か?』(岩波書店、2022年)
研究の背景、先端技術、今後の課題について一般向けにわかりやすく紹介した一冊(岩波ブックレット)。
 

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