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盲導犬と東大(1) 4年前に東大で生まれた「盲導犬歩行学」

掲載日:2023年10月3日

盲導犬と東大

盲導犬と東大

人間の目や耳、そして手足となって働く補助犬。
その一つである盲導犬と視覚障害者の課題解決のための研究が、新領域創成科学研究科を中心に行われています。
公益財団法人日本盲導犬協会別ウィンドウで開くと共同で進めている盲導犬歩行学分野社会連携講座の取り組みと、
盲導犬歩行学研究室をハブとして進む盲導犬と視覚障害者のための研究について紹介します。
登場するのは、ゲノム学、バーチャルリアリティ学、情報処理学の分野で活動する3人の研究者です。

1.

4年前に東大で生まれた
「盲導犬歩行学」

渡邊学
WATANABE Manabu

新領域創成科学研究科特任教授

渡邊学

盲導犬と視覚障害者のための「課題解決型」研究

段差や角を教えたり、障害物を避けたりして、視覚障害者が安全に歩くためのサポートをする盲導犬。白杖だと一つ一つ杖が触れる範囲にあるものを確認しながら歩かなくてはいけませんが、盲導犬と歩くことによってスムーズに移動することができるようになり、活動の幅が広がると盲導犬ユーザーは話します。しかし盲導犬の育成や視覚障害に対する社会の理解など、まだまだ多くの課題があります。その解決に東京大学で行われている数多の研究を役立てることはできないか。

そんな思いから2019年に新領域創成科学研究科に開講したのが、盲導犬歩行学分野社会連携講座です。日本盲導犬協会と共同で研究を行うこの講座を率いるのは、獣医でゲノム研究者の渡邊学先生。日本初だというこの「盲導犬歩行学」研究室のミッションは、盲導犬と視覚障害者が抱える課題の解決です。視覚障害者や盲導犬を育成している現場のニーズを聞き、それを東大の研究者につないで共同研究を行い、その成果を当事者や現場に手渡しするという「課題解決型」の学融合研究に取り組んでいます。

研究の柱は、生命科学、エンジニアリング、人文社会科学の3分野。これらの分野で先端を走る研究者に声をかけ、盲導犬や視覚障害者とつないできた渡邊先生は「東大には、グッドウィルがものすごくたくさんある」と話し、このつながりがさらに広がることを期待しています。

「例えば、大企業が営利目的でマイノリティ向けの商品を作ることは難しそうですが、大学は少数派の多様性に注目し、サポートすることができると思います。それがこれからの大学のあり方ではないかと考えています」

The Illustrated Book of the Dog
渡邊先生が学生時代に神保町でたまたま見つけたという19世紀の犬の事典『The Illustrated Book of the Dog』(Vero Shaw著)。
The Illustrated Book of the Dog
すでに絶滅した犬種も美しいアンティークプリントとともに紹介された貴重な本です。高価だったため、半年くらい悩んだ後、獣医として一生犬に関わるという決意で購入したそうです。

1000頭以上の盲導犬ゲノムデータ

盲導犬の大きな課題の一つが、実働数の少なさです。2023年3月現在で836頭。しかし盲導犬の希望者は約3000人いると推定され、供給が追い付きません。その背景の一つが候補犬の採用率の低さ。盲導犬としての資質は遺伝によるところが大きく、盲導犬候補として生まれた子犬のうち、実際に盲導犬になれるのは約30~40%です。また、ラブラドールレトリバーやゴールデンレトリバーという盲導犬として活躍することが多い犬種は、リンパ腫、肥満細胞腫、血管肉腫などの病気に罹患することが多いそうです。盲導犬として引退する前に病気で仕事ができなくなったり、亡くなってしまったりすることもあり、ユーザーたちから切実な声が寄せられてきました。

そこで、盲導犬になる資質を持ち、病気にならないような犬を育種するために渡邊先生が中心となって取り組んでいるのが「盲導犬ゲノムプロジェクト」です。日本盲導犬協会で繁殖し生まれた候補犬の血液を採取し、ゲノムDNAを抽出、精製。SNP(一塩基多型)ジェノタイピングという解析法を使ってそれらを解読してきました。これまでに1000頭超のゲノム解読を終え、それらの血液サンプルやデータを保管するプラットフォームを構築しました。ゲノムデータをもとに、盲導犬の資質を持った子犬を優先的に訓練すれば、採用率が上がり盲導犬になる犬が増えるのでは、と渡邊先生は話します。

「今まで盲導犬の研究で、ゲノムの大きなプラットフォームを作ろうというプロジェクトはありませんでした。ゲノムのリソースをきちんと保管するシステムを構築することで、例えば病気になった犬とならなかった犬や、盲導犬になった犬とそうでない犬のゲノムデータを比較することが可能になり、包括的な研究を行うことができます」

これだけの規模の盲導犬ゲノムデータは世界に類を見ないもので、今後も継続して血液を採取し、ゲノム情報を蓄積して研究の精度を上げたいと渡邊先生。盲導犬の訓練スコアや、病気をした犬のカルテのデータ、盲導犬・ユーザーの身体データなども加えて多角的な分析をしていきたいと考えています。

*社会福祉法人 日本盲人社会福祉施設協議会・自立支援施設部会盲導犬委員会調べ。

盲導犬
盲導犬

ロービジョンの「みえにくい」を知ってもらう

盲導犬歩行学のもう一つのミッションが、視覚障害者と盲導犬への理解を深めてもらうための情報発信。これまでシンポジウムなどを開催して、社会啓発に取り組んできました。7月にSHIBUYA QWS別ウィンドウで開くで開催したイベントでは、「みえにくいとは みえるとは みえないとは」と題してロービジョンに関する研究の紹介やVR体験、そして「哲学対話」などが行われました。

シンポジウム「みえにくいとは みえるとは みえないとは」
7月16日にSHIBUYA QWSで開催されたシンポジウム「みえにくいとは みえるとは みえないとは」に登壇した盲導犬ユーザーの藤本悠野さん(左)と盲導犬ウクル、公益財団法人日本盲導犬協会の山口義之専務理事(右)。司会を務めた渡邊学先生のほか、新領域創成科学研究科の徳永朋祥研究科長、総合文化研究科の梶谷真司先生、情報基盤センターの雨宮智浩先生も登壇し、弱視などに関する講演を行いました。
イベントの告知ポスター
SHIBUYA QWSで開催したイベントの告知ポスター。「羞明」、「中心暗点」、「ぼやけ」、「かすみ」、「視野狭窄」、「ゆがみ」など、ロービジョンの見え方を表現しています。

視覚障害者というと全盲をイメージする人が多く、見えるのに盲導犬や白杖を使っている、といったいわれなき批判を受けることがあるそうです。実際は日本の視覚障害者の8~9割がロービジョンです。例えば視界の中心に黒い丸が常にあったり、一部がかすんだり、ゆがんだりと見え方はさまざま。まずは知ること、そして視覚障害者や盲導犬と出会うことが大事だと話す渡邊先生。QWSのイベントでも多くの参加者が視覚障害者と話したり盲導犬と触れ合ったりしていました。

「視覚障害者の方と実際に話すと気づきがいっぱいあります。触れ合う機会がないと気づきようがないですが、気づいて知るとそこから何かが始まります。このようなイベントを通じて多様性と知り合い、対話を通じ認め合い、助け合う社会を作っていきたいです」

盲導犬ウクル
約4年前から、藤本さんとともに歩いている盲導犬ウクル。ウクルのおかげで歩行がスムーズになったと藤本さんは話します。
バーハンドル型ハーネス
バーハンドル型ハーネスを装着し、「盲導犬」という表示もしています。

10/10(火)公開の後編はこちら

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