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標高4300mの羊八井高原から宇宙線の起源を探す 知の冒険者たち(10)|川田和正

掲載日:2024年11月26日

知の冒険者たち 極圏、砂漠、火山島に無人島、
5640mの高山から5780mの深海まで

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チベットの高地に設置された多数の観測装置を使って、宇宙から降り注ぐ放射線の観測が行われています。
宇宙線研究所の川田先生は、これまでに約20回現地に滞在。
観測機の調整やデータ分析を行いながら、謎の天体「ぺバトロン」や宇宙線の起源を追い求めています。

宇宙線物理学 icon アジア

標高4300mの羊八井高原から宇宙線の起源を探す

川田和正
KAWATA Kazumasa

宇宙線研究所 准教授

川田和正
空気シャワー観測装置
碁盤目状に並ぶ、空気シャワー観測装置。

謎の天体「ペバトロン」の候補を発見

中国チベット自治区の羊八井(ヤンパーチン)高原で、宇宙から降り注ぐ高エネルギーの放射線「宇宙線」の観測をしてきました。首都ラサから約90km北西に位置する、標高4300mの高地です。観測で得られたデータを使って、宇宙線の発生源を突き止めるための解析を行いました。

宇宙線は地球の大気圏に入ると、大気中の窒素などと衝突して次々に枝分かれし、大量の子供の粒子を作ります。これが「空気シャワー」です。これらの粒子は大気の中で次々にエネルギーを失い消滅するため、より多くの粒子を検出器で捉えられる高地に観測装置を設置しました。

私が初めて羊八井に行ったのは1999年。以来10年以上にわたり何度も足を運びました。標高約3600mのラサで体を慣らした後に、車で約2時間かけて向かうのですが、最初は高山病になり1週間くらい動けませんでした。広大な羊八井高原には、空気シャワー観測装置約600台が碁盤目状に並んでいます。装置の心臓部である光センサーは経年変化するため、ナノ秒以下の単位での較正が必要です。現地では主にメンテナンス作業を行ってきました。

羊八井で2014年から2017年に収集されたデータを解析したところ、0.4~1ペタ電子ボルト(PeV)の最高クラスのエネルギーを持つガンマ線を23個発見しました。1PeVは人の目で見える可視光の1000兆倍のエネルギーで、分析の結果、これらのガンマ線の到来方向が、天の川銀河に沿って広がっていることが分かりました。1PeV以上の宇宙線が吹き溜まりのように集まり、星間ガスと衝突して出てきたガンマ線を捉えたと考えられ、高エネルギーの宇宙線を生み出す「ぺバトロン」が、銀河系内のどこかにあることを示す初めての証拠です。別ウィンドウで開く

羊八井の天の川
夜は空一面に無数の星が広がり、天の川も美しく見えます。
羊八井高原
草原が広がる羊八井高原。休みの日には、近隣の山を登ったりしてリフレッシュしていました。

宇宙線の起源を突き止める

これまでの宇宙線の観測と理論的な予測から、エネルギーがPeVクラスの宇宙線は銀河系内で生まれたというのが定説でしたが、証拠がありませんでした。発生源の天体を特定するためには、宇宙線の到来方向を調べればよさそうですが、これが困難です。宇宙線は電荷を帯びているため、進行方向は宇宙空間の磁場によって曲げられ、どこから来たのか分からないからです。そこで、私たちは宇宙線の中でもガンマ線に注目しました。ガンマ線は電荷を持たないため、真っすぐ進みます。天体で加速された宇宙線が、周りの星間物質などに衝突して発生したガンマ線を観測することで、間接的に宇宙線の起源天体を探し出そうという戦略です。

ぺバトロンを恐竜に例えると、現在はその足跡が見つかった段階です。次は「恐竜」そのものを突き止めたいです。星の爆発後に残る天体「超新星残骸」の一部から、高エネルギーガンマ線が出ていることも発見しましたが、まだ候補の一つにしか過ぎません。宇宙線研究所では今、チベットからは見えない南天を調べるために、南米ボリビアで観測を始めました。南半球からは銀河の中心部の「超巨大ブラックホール」の周辺も観測でき、今度こそホンモノの「恐竜」を発見できるのではないかと期待しています。

近隣の住民が飼っているヤク
近隣の住民が飼っているヤクが敷地内に来ることもあります。イタチやウサギなどの野生小動物も多く、ケーブルが咬み切られてしまうことも。
ミューオン観測装置
2014年から地下で稼働を開始したミュー粒子を観測する「ミューオン観測装置」。この装置を設置したことで、空気シャワーの元になった宇宙線が、陽子やヘリウムなどの原子核なのか、ガンマ線なのか、という区別ができるようになりました。

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