極圏、砂漠、火山島に無人島、
5640mの高山から5780mの深海まで
三條場先生が向き合うのはリーシュマニア症という感染症。
皮膚潰瘍や内臓の腫脹を起こすこの病気の対策には、媒介する生物や環境や人々の意識まで総合的に考える必要があります。
世界各地でフィールド調査と啓発活動を進めています。
寄生虫学
アジア
原虫も宿主も人の意識も踏まえたリーシュマニア症の感染症疫学
三條場千寿
SANJOBA Chizu
農学生命科学研究科 准教授


トルコから海外調査を開始
サシチョウバエという2~3mm程度のハエが媒介するリーシュマニア症を研究しています。病原体であるリーシュマニア原虫に感染しているハエに刺されて、皮膚の潰瘍や内臓の腫脹が起こります。地域によって感染の状況は異なります。患者を減らすには、原虫やその宿主となる生物だけでなく、人の意識や環境も総合して考える必要があります。
海外のフィールド調査は、修士の頃に行ったトルコのサンリウルファが最初です。昔からリーシュマニア症が多い地域ですが、ダム建設で虫が増えて感染が広がるのではないかとの懸念がありました。トルコにいる28種のサシチョウバエのうち、どの種類が媒介するのかを調べました。100匹捕まえても感染は1個体あれば多いほう。膨大なサンプルが必要です。迅速に種同定できる簡易手法ををラボで開発して現地で活用し、媒介種同定に貢献しました。
バングラデシュでは、住民アンケートを行って教育水準やライフスタイルを調べました。病気の存在は知っていても、媒介生物や対処方法を知らない人が多かったので、字が読めない人でもわかる啓発アニメを作ってYouTubeで公開しました。オリセットネットという長期残効型防虫蚊帳の効果をラボで検証したところ、サシチョウバエへの効果が認められたので、現地の人を雇用して、配布と使用指導をお願いしました。
2018年にはモンゴルに赴きました。疑われたのは、砂漠のオオスナネズミが原虫を宿していて、遊牧民と接触して感染しているのではないかということ。地元の運転手を雇い、ウランバートルから10日間ほどゴビ砂漠を進み、巣を探して罠を設置。テントをアルコール消毒した簡易クリーンベンチで、捕まえたオオスナネズミを検査しました。持ち出しが厳しく規制され、現地で分析しないといけないのです。
ゴビ砂漠で困ったトイレ事情
このときは約1ヶ月滞在しました。昼は直射が厳しく、車の陰に隠れていました。排泄はひと苦労です。周囲に遮るものがないので、見られる恐れが大。見るなと言って行きますが、モンゴル人は目がいいのか、戻ると「ずいぶん遠くまで行ったな」と言われ……。
調査の結果、20~40%の確率で原虫がいるとわかり、オオスナネズミがリーシュマニア症を媒介していることが判明しました。その後の分析で、オオスナネズミにいる原虫は人にはそれほど害を与えず、遊牧民が一帯に滞在しても深刻な状況にはならないとわかりました。
研究室ではいま、トルコの節足動物媒介感染症のコントロールを目指し、SATREPSというAMEDとJICAの連携プロジェクトに参加しています。主要な原虫が揃うトルコの感染事情を理解できれば、他の地域にも役立ちます。現地の大学、トルコ保健省と連携し、地域別のサシチョウバエ分布マップと医師・獣医・市民向けのガイドラインを作るため、少なくとも年に2回は現地調査を行っています。
私は修士の頃にサシチョウバエを初めて見て、かわいいと思いました。嫌われもののハエやカにも形態美があります。この感覚を小中学生に伝えたくて本を企画・執筆しました。カやハエが減ると困る生き物もいます。その連鎖がいつか人にも及ぶことを、頭の片隅ででも覚えておいてもらえたらうれしいです。



『とってもおもしろい蚊の話』

3人の蚊学者が蚊の本当の姿を語る偏愛の一冊。三條場先生の推しはオキナワオオカ。