2021年に藤井輝夫総長が就任して以来、「世界の誰もが来たくなる大学」を目標に掲げる東大。
しかし、現状はまだ理想に及ばず、課題は山積しています。
大学経営上の大きな課題となっているのが財政の問題。昨年は授業料改定という大きな判断に踏み切りました。
大学経営を司る総長と最高財務責任者(CFO)の理事に、大学財政の現況について聞きます。
教育学修環境の改善は「待ったなし」
環境向上への投資が必要

FUJII Teruo
本学工学部卒、本学工学系研究科博士課程修了。生産技術研究所教授、理事・副学長等を経て、2021年4月より現職。専門は応用マイクロ流体システム。
――授業料改定に至った経緯をお話しください。
東大が「世界の誰もが来たくなる大学」になるには、教育学修環境の充実が不可欠です。それには資金が必要で、しっかりした財務基盤を築かなければなりません。4年前に財務経営本部(現・CFOオフィス)を立ち上げて議論を重ねたなかで浮上したのが、20年間据え置かれてきた授業料の改定です。この間、運営費交付金の漸減に加え、光熱費や物価の上昇が進みました。一方、世界の高等教育の現場では新しい学びの環境整備が進んでいます。東大が現状のままでよいはずがなく、授業料を改定し、その増収分を学びの環境向上に投資することが必要と判断しました。
――より良い学びの環境を実現していくうえで、どのような点を充実させたいですか。
まず、デジタル環境整備の推進が急務です。授業の履修や授業以外の学びについて自ら設計・管理できる学習支援システムを全学に導入したいと考えています。キャンパス全体をカバーするセキュリティを高めたネットワークの整備、教室の電源や使用できるDXツールの拡充も不可欠です。また、オフキャンパスの学びとして体験型のプログラムが効果的ですが、全国各地や海外へ行く機会を経済的理由で諦める学生を減らし、より多くの学生が参加できるようにしたいのです。多様な視野の涵養という点では、国際化も重要です。英語で学ぶ科目を増やし、少人数クラスできめ細かく対応するには、教員やスタッフの拡充が必須で、留学支援の拡充も大切です。また、図書館機能の強化、授業の質向上に必須なTAの処遇改善も「待ったなし」です。
――大学界全体の問題として東大から政府に働きかけるべきとの声もあります。
国立大学全体の問題については、国立大学協会(国大協)から働きかけるのが筋で、国大協は政府に要請を続けています。東大としても文科省に強い要望を伝えてきましたが、文科省の予算は初等・中等教育も含めた総合的な枠組みで検討されるため、教育を社会全体でどう支えるかという議論が必要です。個々の大学ができるのは財源の多様化で、東大は補助金型からエンダウメント型へ経営体制の転換を進めています。政府への働きかけが実り、国立大学の会計基準が緩和され、大学運営基金の創設が認められました。従来は年度ごとの会計処理が前提で予算を繰り越せませんでしたが、自己収入の一部を基金として積算できるようになり、その運用益は教育研究活動や基金元本の積み増しに充てることができます。
東大は日本の大学で最大の規模を擁します。学部と大学院を合わせた学生数は国立大学で最多、教職員数も最多です。また附属施設が全国各地にあり、事業規模も大きいなかで、財政面での自助努力は、国立大学の枠組みでできることを広げてきたと自負しています。例えば、大学債の使途の柔軟化を政府に働きかけ、現在では初期費用に対するものという制限はあるものの、教育研究の施設・設備整備に付随するソフト面にも使えるようになりました。
今回、多くの意見をいただきながら一歩を踏み出しました。学生の皆さんの困りごとを改善につなげるためアンケートを実施し、学内各部局で声を聞く懇談会を開きました。今後も現場の声と向き合いながら、「世界の誰もが来たくなる大学」を創る努力を続けます。

運用益を活用するエンダウメント型経営へ
外に伝わらない財政難がある

SUGANO Akira
本学経済学部卒、マサチューセッツ工科大学経営大学院修士課程修了。みずほフィナンシャルグループ執行役副社長、アセットマネジメントOne代表取締役社長等を経て、2023年8月より本学執行役(CFO)、2024年4月より現職。
――大学財政はどんな状況でしょうか。
運営費交付金は、20年前から100億円以上減りました。以前は全体の5割程度が国からの資金でしたが、いまは3割ほど。一方で東大の活動は年々拡大し、使う額も増えています。増えた分の多くは、企業や寄付者など国以外のステークホルダーから支えていただいています。基盤的収入が減れば縮小均衡を図るのが普通です。しかし東大は、特にこの数年は、やりくりが厳しくなるのを覚悟の上で活動を拡大してきました。加えて、2022年以降、人事院勧告で公務員の賃上げを促されます。2~3%の昇給が続けて実施され、国立大学法人も教職員の給与を引き上げました。人件費は大学の経常支出の4割を占めます。それが財政状況の厳しさに拍車をかけました。
――東大は2022年度に50億円もの赤字を出しました。危機的状況でしょうか。
東大は1兆円ほどの不動産を資本勘定に持っていますから、すぐに破綻することはありません。2022年度の経常損失は−51.3億円。2023年度は会計基準が変わった関係で財務諸表上では+6.2億円ですが、実質は−40億円程度です。経費を節減し、経常損失を約10億円減らしましたが、もう限界です。収入増の努力もこれまで以上に行いつつ、支出も減らして合わせ技で赤字を解消しないといけません。
――授業料改定への反応をどう受け止めましたか。
CFOとして非常に悩み、反応を真摯に受け止めました。ただ、教育環境を世界のなかで見ると東大が劣るのは事実です。米国の諸大学を視察すると、彼我の差は大きい。MITではアフリカなどに数百人規模で学生を送り出して経験を広げさせているのに、私たちは財政難で海外派遣プログラムの一部を諦めました。施設や設備の古さも問題で、若者が選びたい環境ではありません。危機感ゆえの授業料改定でした。私自身、実際に来るまで、東大は国から十分な支援を受けて、困っているはずなどないと思っていました。大学の状況を社会にもっと発信すべきでしょう。
――エンダウメント型経営とはどういうものでしょうか。
運営費交付金が年度ごとに決まったり、建物の減価償却がごく一部でしかできなかったりといった要因があいまって、国立大学では単年度予算の考え方が強く、中長期を見据えた財務経営的な発想がありませんでした。エンダウメント型経営は、基金の運用益を予算に組み入れ、中長期の視点を持って、大学独自の判断で必要な事業に投資できるようにしようというものです。
ただ、基金の規模がある程度ないと効果は限定的です。たとえばスタンフォード大学は年間予算の20%となる約2000億円を運用益で賄っています。東大はそうした大学と競い合う位置にありますが、現状の基金額は500億円程度。基金が1000億円になれば、運用益が20億円程度は活用できますから、まずはそのあたりを目指しつつ、少なくとも運用益100億円、つまり基金規模5000億円を目指すべきです。数年以内にその見通しをつけるのがCFOの仕事と任じています。
――東大は英米の大学を目指すのでしょうか。
国の財政状況を考えれば、そうすべきです。日本の大学進学者は約6割。大学授業料がほぼ無料である大陸欧州のように、国税のさらなる投入に国民の同意が得られるかは不明です。日本のある世論調査では、高等教育は国が全額負担すべきと答えたのは20%程度でした。しばらくは英米と大陸欧州のハイブリッド型で歩むしかないでしょう。


- 大学経営状況の詳細は東京大学統合報告書をご覧ください。

大学の教育研究活動のために活用するエンダウメント型の基盤基金。大学の財政基盤として積み立て、その運用益とともに基礎研究などの自律的な活動に活用します。