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赤門が「開かずの門」と化している 東大の現状(2)|藤田香織

掲載日:2025年4月1日

悩める東大 悩める東大

東大といえば赤門が浮かぶ人は少なくないはず。ですが、そんな大学のシンボルは、耐震性の問題のために2021年から閉門されたまま。一度もくぐらずに卒業する学生もいます。
赤門耐震対策委員を務める藤田香織先生に、歴史的木造建築の耐震性を専門とするご自身の研究と、構造の面から見た赤門の特徴、そして改修プランについて聞きました。

価値を継承しながら建築の安全を確保するために

2020年度、施設部が行った赤門耐震診断の報告書の内容を吟味した結果、いくつかの条件が重なると大事故が生じる可能性があることが判明しました。それを踏まえて大学執行部が決断し、2021年2月12日に赤門は閉ざされます。新たに内部まで詳細に調べることとなり、学内に赤門耐震対策委員会が発足しました。木造建築の保存修理に詳しい藤井恵介先生が委員長となり、建築学専攻から海野聡先生と私、新領域創成科学研究科の清家剛先生と構造設計の佐藤淳先生、それから地震研究所の楠浩一先生、人文社会系研究科の鈴木淳先生、埋蔵文化財調査室の堀内秀樹先生が委員になり検討を進めてきました。

赤門

赤門は短手方向の揺れに弱い

藤田香織
藤田香織
FUJITA Kaori
工学系研究科教授
特製の本棚に並ぶのは木造建築の大家・太田邦夫先生から譲り受けた蔵書。「最高の教科書が揃う『太田文庫』です。気になることがあったら本棚を探ればヒントに出会えます」(藤田)

赤門は薬医門という様式を採用しています。屋根の中心線と下の構造物の中心線がずれるのが特徴で、短手方向に大きく揺れると学外側に倒れる恐れがあります。長手方向には袖塀と柱という構造的な要素があり、この方向の揺れにはある程度耐えられます。短手方向は筋交で補強してありますが、力に抵抗する要素が少なく、問題は短手方向です。門の内側には柱がありますが、外側にはありません。赤門の外側にあるスペースを立入禁止にすればもし倒れても人的被害は防げる、と考えることも可能です。でも、門を開けて通行可とするなら、耐震補強をしないと事故につながる可能性が残ります。

委員会では、文化庁とも相談しながら検討を進め、複数の改修案を用意しました。倒壊を防ぐ最も効果的な方法は、大屋根の両側をワイヤーなどで下に引っ張ることですが、かなり目立つし、ワイヤーに人が引っかかる恐れもあります。道路側に柱をもう一つ建てる方法もありますが、そのために地面を掘ると考古学的な問題が生じるかもしれません。委員会の推奨プランは、最も費用対効果が高い、貫という横材をワイヤーで下に引っ張る方法です。地面を掘って赤門の重さと同等の錘を埋め、地震や強風が起きても浮かないようにする。ワイヤーが見えてしまいますが、黒くて細いので注意しないと気づかないでしょう。実際にどうするかは大学としての判断です。赤門は東大の門ですが、みんなの門でもあり、いろいろな声を聞いて総合的に考える必要があります。もちろん資金の算段も非常に重要です。

2021年から大学施設部と関係分野を専門とする教職員が協力して調査を開始し、2022年度からは文化庁の補助事業として文化財建造物保存技術協会別ウィンドウで開くという専門家集団による調査と構造診断が実施され、補強案が2023年度末に策定されました。2024年度は補強の基本設計、来年度は実施設計と仮設工事、2026年度から工事が本格的に開始される予定です。長くかかるのは調査を丁寧にしているから。十分な調査をせずに修理を進めると、過去の痕跡が失われ、文化財としての価値を損なう危険性があります。国の補助事業なので各種手続きも必要です。もう一つ見逃せないのは、建築業界が大変深刻な人手不足に直面している点です。特に、文化財の修理に必要な高度な知識と専門性を持った職人は全国的に不足しています。赤門はそれほど激しく傷んでいるわけではなく、他に緊急度の高いものがあるならそちらが優先されるのは当然かもしれません。

1923年の関東地震で周りが大破しても、赤門は大きくは壊れませんでした。ただ、それから約100年。前回壊れなかったから次も大丈夫とは言えません。関東地震で少し傾いた記録があり、見えない部分で傷みが進んでいる可能性もあります。最低でも土が詰まっていて重い屋根の葺き替えは必要です。瓦をつなぐ役割があるので全ては無理ですが、少し間引くだけでも軽くなり耐震性は増します。

「きれいだな」から「安全なのか?」へ

日光東照宮五重塔の掛図
善通寺、本山寺などで五重塔の構造を調査してきた藤田先生。研究室の自席から振り返ると、旧知の棟梁から贈られた日光東照宮五重塔の掛図が見えます。

振り返ると、私の卒論のテーマは日本建築史でした。書院造ってきれいだなと思って勉強し、古い建築がどのように成立しているのかに興味が湧きました。大学院進学時、構造工学の側面にも興味があり、坂本功先生の研究室で古い建築の木質構造を学びました。修論を書き終える直前、阪神・淡路大震災が起き、現地調査に入ります。それまで単にきれいだなと思って見ていた建築を、安全なのかと問いかけながら見るようになりました。建築学の人はみな建築が大好きで、いいものを作ろうとがんばりますが、いざ災害が起きると崩れてしまうし、人命を奪う場合もあることに衝撃を受け、地震国の日本で建築をやるなら耐震性が不可避だと強く思ったんです。それまでは憧れる気持ちで建築を見ていましたが、ハード面から関わろうと決め、古い建物の耐震研究をテーマにしました。

この20年間続けてきたのは地震観測です。この間、観測機材の性能が上がり、価格は下がりました。昔は現地に行って地震計からデータを読み込みましたが、通信が発達したいまはオンラインで常時見られます。

日本の技術を他国の建築に

近年は、木造の文化財を持つ他の国からも相談が来るようになり、日本以外の歴史的建造物も対象にしています。たとえばノルウェーは木造大国で12世紀の木造教会が多くありますが、構造研究は進んでおらず、モニタリングができないかと打診をいただき、日本でやってきた手法を現地に応用して調べています。ウクライナの西部、古い木造教会が多いカルパチア山脈付近でも調査を進めていましたが、戦争で中断せざるを得ず、いまは同様の建築が多い隣のポーランドを調べています。

日本には構造性能研究の蓄積があり、古い木造建築のモニタリング調査は得意分野です。モニタリング自体は誰でもできますが、いかにそれを解釈するかが重要で、日本はその部分が強み。たとえば中国にも古い建物はありますが、純木造で残るものは少ないです。歴史的木造建築が多く残り、大正期から耐震測定を続けてきたのが日本です。自然災害に耐えてきた歴史的建造物の構造に学び、それを今後の建築に反映するのが私の願いです。

歴史的建築物は定期的に修理しないといけませんが、修理に必要な調査の予算はなかなかつきません。まず図面を起こさないといけない文化財では一部調査費も認められますが、地震の観測とか揺れた部分の精査といったことについては、研究者がやりくりしないといけないのが現状です。大学として調査を行って知を積み重ね、社会で広く活用する形を目指し、2年前に基金を立ち上げました。まずは全学的に重要な赤門の調査に着手し、集まったお金で地震計を設置して観測を続けています。赤門に限らず、調査で得た歴史的木造建築の知見を次世代に引き継いでいきます。

赤門詳細調査の様子
赤門詳細調査の様子。数人で貫(横木)を押すとどのくらいの力がかかるか、といった測定も行いました。
オンライン見学会のスクリーンショット
普段見られない屋根裏などを案内するオンライン見学会を2021年3月と2022年3月に実施(主催:施設部)。その模様はYouTube別ウィンドウで開くで閲覧できます。
歴史的木造建築の工学研究国際拠点形成基金別ウィンドウで開く
使い道は、各地の歴史的木造建築の構造性能評価、若手研究者育成、防災技術の開発や発信など。日本の建築を未来に伝えるためのご支援を。

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