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ワクチンに関する誤情報が新型コロナウイルス感染症死亡者数に与えた影響を解明研究成果

掲載日:2025年5月22日

  • 日本における2021年の新型コロナウイルス感染症の死亡者数は約14,000人でしたが、数理モデルを用いた解析から、ワクチンに関する誤情報の問題に現実よりもうまく対処してワクチン接種率を上げることができた場合は431人の死亡を回避でき、対応が現実よりもうまくいかず接種率が下がってしまうと死亡者数が1,020人増えると予測されました。
  • 仮に現実よりも3か月早くワクチンを導入できた場合は7,003人の死亡を防ぐことができ、逆にもし3か月遅れた場合はさらに22,216人が亡くなっていた可能性のあることがわかりました。
  • 本研究では、日本において誤情報とワクチン導入のタイミングが及ぼした影響の程度を定量化することに成功しました。今回のモデルとそれによって得られた知見は、つぎのパンデミックが発生した際など今後のワクチン接種戦略を考えるのに役立つものとなります。

ワクチンに関する誤情報が新型コロナウイルス感染症の流行に与えた影響を数理モデルで解析
 

発表内容

東京大学国際高等研究所新世代感染症センターの古瀬祐気教授と、東北大学大学院医学系研究科の田淵貴大准教授による研究チームは、ワクチンに関する誤情報が新型コロナウイルス感染症のワクチン接種率、ひいては死亡者数に及ぼした影響について、数理モデルを用いた反実仮想シミュレーション(注1)によって明らかにしました。
 
新型コロナウイルス感染症の流行に際して、日本を含め世界中でさまざまな誤情報が拡散しました。ワクチンの有効性や安全性に関する内容も多く、これらの誤情報がワクチン忌避につながったことが多くの先行研究で報告されています。しかしながら、それが結果としてどの程度の影響を与えたのかはよくわかっていませんでした。

本研究チームは、これを明らかにするために、まず「新型コロナウイルス感染症の感染者数」「ワクチンの接種率」「ワクチンの有効性」「変異株の種類」から「死亡者数」を予測する数理モデルの開発を行いました(図1)。

 

 
図1:新型コロナウイルス感染症の死亡者数を予測する数理モデル


つぎに、「ワクチン接種記録システム(VRS)」と「日本における新型コロナウイルス感染症問題および社会全般に関する健康格差評価研究(JACSIS、2021年9~10月に約3万人を対象にオンラインで実施されたアンケート調査)」のデータを用いて、ワクチン接種率とワクチンに関する誤情報との関連を解析しました。その結果、2021年末時点での日本全体のワクチン接種率は83.4%であったと推定されました。また、「ワクチンの有効性データは捏造されている」「政府はワクチン接種と自閉症の関連を隠蔽している」といった7つの誤情報を信じているかどうかについて調べたところ、ワクチン受容者(接種済み、および接種予定の人)のうち8.5%、ワクチン忌避者(非接種を決めた人)のうち36.6%が少なくとも1つの誤情報を信じていることがわかりました。

これらのデータから、仮に誤情報を信じているワクチン受容者がワクチン忌避になってしまうと、接種率は83.4%から76.6%に低下するだろうと計算できます(=誤情報対策の失敗)。一方で、誤情報を信じているワクチン忌避者が誤情報を信じていない人と同じだけの割合で接種するようになると、接種率は88.0%に上がると算出されました(=誤情報対策の成功)。

そして、誤情報対応についてのこれらの想定や、あるいはワクチン導入のタイミングが現実よりも早かったり遅かったりしたとする仮定を「反実仮想シナリオ」として設定し、本研究チームが開発した数理モデルに代入することで、新型コロナウイルス感染症の死亡者数の予測シミュレーションを行いました(図2)。
 




図2:ワクチン接種の反実仮想シナリオと、数理モデルへの代入

 
日本における2021年の新型コロナウイルス感染症死亡者数は累計で約14,000人でしたが、シミュレーションによると、誤情報に対して現実よりもうまく対処してワクチン接種率を上げることができた場合は431人の死亡を回避できたことがわかりました。一方で、誤情報への対応が現実よりうまくいかず接種率が低下した場合、死亡者数は1,020人増えると予測されました。また、ワクチン導入のタイミングについて、仮に現実よりも1か月早くワクチンを導入できた場合は2,571人の死亡を防ぐことができ、逆にもし1か月遅れた場合はさらに4,796人が亡くなった可能性があるとわかりました(図3)。さらに、導入タイミングの前倒しや遅れが1か月でなく3か月だとすると、死亡者数は前倒しの場合で7,003人の減少、遅れた場合で22,216人の増加になると推定されました。

 

 
図3:反実仮想シミュレーションによる新型コロナウイルス感染症死亡者数の予測結果


今回の研究によって、日本においてワクチンに関する誤情報が新型コロナウイルス感染症の流行に及ぼした影響の程度を定量化することに成功しました。開発したモデルとそれによって得られた知見は、つぎのパンデミックが発生した際など今後のワクチン接種戦略を考えるのに役立つものとなります。
 
本研究は、5月21日に国際科学誌「Vaccine」(オンライン版)にて公表されました。
 

発表者                                        

東京大学 国際高等研究所 新世代感染症センター
古瀬 祐気 教授
研究開始当時:長崎大学 大学院医歯薬学総合研究科 教授
 
東北大学 大学院医学系研究科
田淵 貴大 准教授
研究開始当時:大阪国際がんセンター がん対策センター 部長補佐

研究助成

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)先進的研究開発戦略センター(SCARDA)世界トップレベル研究開発拠点の形成事業「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター)・長崎シナジーキャンパス(出島特区)」(JP223fa627001、JP223fa627004)の一環として行われました。また、科研費(JP21H04856、JP23K09693)の支援により実施されました。
 

用語解説

注1)反実仮想シミュレーション
実際には起きなかったこと」を仮に起きたことにして、コンピュータなどでその後の展開を計算すること

論文情報

Yuki Furuse*, Takahiro Tabuchi * 責任著者, "Impact of COVID-19 vaccination by implementation timing and coverage rate in relation to misinformation prevalence in Japan," Vaccine Volume 59: 2025年5月21日, doi:10.1016/j.vaccine.2025.127273.
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東京大学 国際高等研究所 新世代感染症センター
古瀬 祐気(ふるせ ゆうき) 教授
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