帝国日本の外交1894-1922 なぜ版図は拡大したのか
この本は、日清戦争から第一次世界大戦後にかけての日本外交を分析し、その期間における帝国拡大の力学を明らかにしたものです。日本の対外膨張というと、一般的なイメージでは1931年の満州事変以降の歴史が想起され、推進主体としては軍が注目されます。しかしそれ以前も、日清戦争後に台湾などを獲得したのを皮切りに、第一次世界大戦後にかけて日本の版図は拡大し続けています。なおここで「領土」ではなく「版図」という言葉を使っているのは、必ずしも拡大しているのは「領土」ではないからです。例えば日本は満州(中国東北部)で諸権益を持ち、それは強化されていきますが、日本の「領土」が拡大しているわけではありません。そうした、割譲や併合以外の拡大の仕方も含めて、版図の拡大として論じています。
なぜ版図は拡大したのか。本書は、陸軍や国内世論の対外強硬論ではなく、首相・外相・外務省を中心とする正規の政策決定過程と、日本外交の原則から説明しています。この時期の日本の対外膨張について従来の研究では、弱肉強食の帝国主義時代に軍事・安全保障本位で適応したとか、一貫性はなくアドホックに拡大していったと捉えられていましたので、それらとは異なる新たな論を提起したことになります。
もっともこの本は、外交・政策決定過程の分析を通じて「なぜ版図は拡大したのか」という問いに新たな答えを示した面と、その問いを手がかりとして、いわば有効に使って、近代日本の外交と政策決定過程のあり方を浮き彫りにした面と、両面あります。外交については、外相ないし外相候補の有力外交官という集団を析出し、彼らが体現していた日本外交の原則を、利益と正当性、それらが合わさったところの「等価交換」であると論じました。日本が西洋国際社会をどのように理解し受容したのかという昔からある論点に関わるところです。政策決定過程については、明治憲法下の日本は政治的統合力を欠いていたとか首相権限が脆弱だったといった通説的理解を否定し、首相が統率する内閣を中心に外政が運営されていたことを示しました。長い期間、多くの事例を具体的に史資料を示しながら論じているため大部ではありますが、内容としては学部生でも十分に理解できる本だと思っています。
なお、本書の内容を紹介したエッセイとして、佐々木雄一「戦後七〇年と明治一五〇年の間で 『帝国日本の外交 1894-1922』に寄せて」(『UP』536号、2017年)、「公正」をキーワードに近代日本外交を概観したものとして、同「近代日本外交における公正 第一次世界大戦前後の転換を中心に」(佐藤健太郎ほか編『公正から問う近代日本史』吉田書店、2019年)があります。あわせて読むと本書がより理解しやすくなるかもしれません。
(紹介文執筆者: 佐々木 雄一 / 2020年3月25日)
本の目次
第一章 日清戦争
第一節 開戦過程/第二節 戦争経過と講和/第三節 三国 干渉
第二章 日清戦後外交
第一節 日露協商路線の成立/第二節 中国分割/第三節 第二次山県内閣期の外交/第四節 北清事変
第三章 日露戦争
第一節 日英同盟と日露開戦/第二節 講和
第四章 韓国併合
第一節 内政改革策とその挫折/第二節 日露戦争と韓国/第三節 併合
第五章 辛亥革命と第一次世界大戦
第一節 辛亥革命/第二節 第一次世界大戦参戦と南洋/第三節 対華二一カ条要求とその後の対中政策/第四節 シベリア出兵
第六章 第一次世界大戦後の外交
第一節 パリ講和会議/第二節 シベリア撤兵問題/第三節 原内閣期の対中政策/第四節 ワシントン会議
終 章 なぜ版図は拡大したのか
関連情報
西田敏宏 評 (『年報政治学』2019-I 2019年6月10日)
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480867278/
北野 剛 評 (『日本歴史』第838号 2018年3月)
http://www.yoshikawa-k.co.jp/news/nc353.html
今週の本棚 岩間陽子 評 (『毎日新聞』東京朝刊 2017年5月7日)
https://mainichi.jp/articles/20170507/ddm/015/070/028000c
新刊案内:
(『外交』Vol.43/May Jun. 2017 2017年5月)
http://www.gaiko-web.jp/archives/1406