東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

エッフェル塔の夜の写真

書籍名

重複レジームと気候変動交渉: 米中対立から協調、そして「パリ協定」へ

著者名

鄭 方婷

判型など

233ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2017年3月19日

ISBN コード

978-4-434-23088-2

出版社

現代図書

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

重複レジームと気候変動交渉:

英語版ページ指定

英語ページを見る

気候変動問題の深刻化が地球上のすべての生物に重大な影響を及ぼすようになっている。この問題に対処するため、国際社会は1997年に「京都議定書」(The Kyoto Protocol)を、2015年には「パリ協定」(The Paris Agreement)を誕生させた。特に国連主導の10年に及ぶ交渉の末合意に至った歴史的なパリ協定については、その成立の背景にはアメリカと中国という二つの主要大国が果たした「決定的役割」(The critical roles)があり、これこそが本書における最大の関心事である。米中の「決定的役割」については政治指導者の言説や文書に基づいた緻密かつ体系的な分析が少なく、本書ではレジーム論を起点に、交渉現場等における政策決定者へのインタビュー等を通じて議論が展開されている。
 
国連気候変動交渉初期の米中関係は「囚人のジレンマ」(The prisons’ dilemma) の構図に近いと考えられる。両国は全世界の温室効果ガス排出量の最も多い上位二か国 (2005年、アメリカ17.9%、中国19.2%、合計37.1%) であるにもかかわらず積極的な対処に背を向け、その他にもアメリカによる京都議定書脱退や対処責任の押し付け合いなど、米中は国際的な枠組みの交渉を停滞させてきたとして国際社会から厳しく非難されていた。
 
しかしこの膠着状態は、多国間及び二国間交渉の立ち上げと指導者の交代によって少しずつ変化していった。最初は米中それぞれが主導して国際交渉プラットフォームを設立し、そのプラットフォーム間で競争関係が生じていたが、この競争関係はプラットフォーム間の相互補完的な関係の形成によって徐々に解消し、最終的にはほぼ全ての国をカバーする国連の下で一つの条約を締結するに至った。
 
本書ではこの相互補完的な関係が形成される際に必要な二つの条件が示されている。一つは「同時に存在して競合するプラットフォームに、方向性を与える概念なり考え方が関係国、特に主要大国で共有されていること」、そして二つ目は、「そのような方向性に向けて、主要大国が決定的な役割を発揮すること」である。
 
実際に米中は国連とは別にAPEC、G20、G7など様々な場面で多国間または二国間交渉に臨み、度重なる対話と相互理解の努力を経て、二国間で排出削減や技術革新における協力・投資に同意し、立場が大きく歩み寄ったことで、パリ協定の締結に決定的な原動力となったことが本書で明らかにされた。
 
本書ではパリ協定の締結までを一区切りとして理論的な枠組みを構築しているが、その後の国際交渉においてもこの理論が検証に耐えうることがわかる。2017年に共和党のドナルド・トランプが大統領に就任してから状況は一変し、2017年のパリ協定離脱、2018年の米中貿易戦争を経て二国間関係は悪化の一途を辿っている。中国の姿勢も消極的になり、パリ協定以上に野心的な排出目標の設定を留保する見込みである。結局世界全体の温室効果ガス排出量は2017年以降再び増加傾向に戻り、さらに停滞する国連交渉では、パリ協定締結後2019年現在までの四年間で政治的に重要だと思われる進捗がほとんどない。「大国が果たしうる決定的役割」という本書の議論と主張は、環境や気候変動のみならず、通商、貿易、さらには外交政策の分野にも応用できることが期待される。
 

(紹介文執筆者: 鄭 方婷 / 2020年10月28日)

本の目次

第一章 序論:相互補完的な重複レジームはなぜ可能なのか?
第二章 重複レジーム間の相互補完関係の形成に関する理論的考察
第三章 コペンハーゲン会議に向けた重複関係の発展
第四章 「ポスト京都議定書」をめぐる国際交渉の発展
第五章 「パリ協定」の採択に至る経緯
第六章 米中協力関係の形成と国際合意
第七章 結論:国際制度の形成と米中関係
 

関連情報

鄭 方婷 (チェン ファンティン)

国立台湾大学政治学科卒業 (学士・国際関係論)。東京大学法学政治学研究科修士課程、博士課程修了 (法学博士・学術)。日本貿易振興機構 (ジェトロ) アジア経済研究所新領域研究センター法・制度研究グループ研究員。「パリ協定-気候変動交渉の転換点」 (『アジ研ワールド・トレンド第246号、2016年』); The Strategic Partnerships on Climate Change in Asia-Pacific Context: Dynamics of Sino-U.S. Cooperation (共著、Springer社、2015年);『京都議定書後の環境外交』(三重大学出版会、2013年) 等。

https://www.ide.go.jp/Japanese/Researchers/cheng_fangting.html
 
書評:
高橋知子 評 (『アジア研究』65巻 2号 p.40-44 2019年4月)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/asianstudies/65/2/65_40/_pdf