東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

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書籍名

「大衆」と「市民」の戦後思想 藤田省三と松下圭一

著者名

趙 星銀

判型など

416ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2017年5月26日

ISBN コード

9784000611978

出版社

岩波書店

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「大衆」と「市民」の戦後思想

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政治思想は、何らかの形での人間性の把握、人間に対する特定の理解と密接に関わっています。色々な人々が様々な歴史の文脈の中で、人間はこういう存在だ、だからこのような人間たちが共同生活を維持するための技術、すなわち政治はこういうものだ、という見解を述べ、それに基づいて制度を設計したり、正当化したり、または変革したりしてきました。
 
これは支配の類型を問わずすべての政治形態について言えることです。たとえば一人の支配である君主政についても、少数の支配である寡頭政についても、そして多数の支配である民主政についても、政治の担い手である人間の性質の把握は政治思想の根幹をなすものであります。中でも政治における「多数者」は、歴史上、様々な名前で呼ばれてきました。人民、平民、臣民、国民、庶民… 同じ対象を論じる際にも、それをどのような概念枠で捉えるかによって対象への見方は変わってきます。
 
本書が注目するのは、20世紀日本において「政治の担い手となった多数」につけられた二つの名前、「大衆」と「市民」です。そして民主主義を「大衆による政治」とみるか、それとも「市民による政治」とみるかによって、民主主義そのものに対する考え方も大きく異なります。また、多くの政治的語彙がそうであるように、これらの言葉の意味は歴史の文脈の中で絶えず変化し、上書きされてきました。いま私たちが「大衆」や「市民」という言葉を使う時に思い描くイメージは、たとえば1920年代の人々が考えたそれとは大きく異なります。
 
今日において「市民」は、公共生活に自発的に参加する人間、民主主義における理想の主権者のあり方を指す言葉として使われることが多いでしょう。一方、「大衆」という言葉には、衆愚政治やポピュリズムといった民主主義のネガティブな面に対する憂慮と警戒の含意がつきまとっています。しかし、戦後のある時期まで、民主主義の主人公は「市民」ではなく「大衆」でした。特に1950年代までは、いまは忘れかけられている「大衆民主主義」という言葉で現代の民主主義を捉え、それに関する展望を語り合うような言説が成立していました。

本書は、戦後思想家藤田省三 (1927-2003) と松下圭一 (1929-2015) の軌跡を追いながら、「大衆」と「市民」をめぐる戦後の言説を再構成し、その意義を考察します。多数の支配に対する醒めた認識を忘れずに、激変する戦後社会の政治的・経済的現実を見つめながら、より自由な秩序のあり方を模索した戦後知識人たちの議論から、現代の諸問題を考えるための手がかりを得ることができたら幸いです。
 

(紹介文執筆者: 趙 星銀 / 2020年9月3日)

本の目次

プロローグ 「大衆民主主義」再考
 人類最大の危機の日 / 一九六四年の「現代」 / 「競争的共存」の時代 / 「戦後の終わり」をめぐる議論/ 「第一の戦後」と「第二の戦後」の間 / 「大衆」と「市民」
 
序 章 「大衆」と「市民」の概念史
 第一節 「大衆」と「大衆社会」
 第二節 「市民社会」と「市民」
 第三節 『政治学事典』 (一九五四年) における「大衆」と「市民」
 
第一章 敗戦と自由
 第一節 藤田省三――内面の命令への服従
 第二節 松下圭一――文明の中の習慣の蓄積
 
第二章 天皇制と現代
 第一節 藤田省三――未完の近代
 第二節 松下圭一――民主化と大衆化
 
第三章 市民と政治
 第一節 藤田省三――原人的市民
 第二節 松下圭一――市民の条件
 
第四章 先進産業社会の二つの顔
 第一節 藤田省三――合理的なものと理性的なもの
 第二節 松下圭一――「政治ぎらい」の政治学
 
終 章 「国家に抗する社会」の夢
 

関連情報

書評:
残日録58 『「大衆」と「市民」の戦後思想――藤田省三と松下圭一』(趙星銀著.岩波書店.2017)から (古書 六夢堂ホームページ 2019年5月26日)
http://y6y64646.com/posts/post57.html
 
都築 勉 評 戦後第二世代の政治学 (政治思想研究 第18号 2018年)
http://www.jcspt.jp/publications/jjpt/jjpt018_2018contents.pdf
 
齋藤純一 評 社会の民主的成熟に向けて議論 (朝日新聞朝刊 2017年8月6日)
https://book.asahi.com/article/11575891
 
都市問題 2017年10月号
 
信濃毎日新聞 2017年7月9日