東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

水色の表紙に渦模様

書籍名

中途盲ろう者のコミュニケーション変容 人生の途上で「光」と「音」を失っていった人たちとの語り

著者名

柴﨑 美穂

判型など

344ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2017年6月10日

ISBN コード

9784750345314

出版社

明石書店

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中途盲ろう者のコミュニケーション変容

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視覚と聴覚に障害のある人びと、盲ろう者。著者は、人生の途上で盲ろう者となった人びとに、駆り立てられるように話を聞きに行った。
 
本書は、著者が2016年3月に東京大学に提出した博士論文「中途盲ろう者のコミュニケーション変容の経験に関する研究」をベースにしたライフストーリー研究である。
 
著者は、中途で盲ろうとなった3名の方々にライフストーリー・インタビューを行い、それらのライフストーリーについて他の盲ろう者と語り合い、さらにそれらについて、盲ろう当事者でもあり研究者でもあり、著者の博士論文の指導教員でもある福島智氏と語り合う、という3層の方法によって、重層的な解釈を試みた。盲ろう者ではない著者が、盲ろう当事者の経験を理解したいという思いに突き動かされ、試行錯誤でたどり着いた方法だった。サブタイトルの「~人たちとの語り」という表現には、語り合いの過程で生じる相互作用のなかでこの研究が成り立ったのだという意味をこめている。
 
本書の目的は、中途盲ろう者のコミュニケーションの様相が変化していく過程を、盲ろう者の主観的経験に着目して理解すること、およびそれが盲ろう者の人生に与える影響を明らかにすることである。
 
第1章では、既存の障害者研究および盲ろう研究を概観し、問題を提起した上で、本書の目的を述べている。
 
第2章では、第1のステップである3名の盲ろう者へのインタビュー、第2のステップである他の盲ろう者との語り合い、第3のステップである福島智氏との語り合いという3層にわたる研究方法を述べている。この研究の独創性が最も現れる部分である。
 
第3章から第5章までは、3名の盲ろう者のライフストーリーを記述する。章ごとに1名の盲ろう者のライフストーリーを記述し、それぞれのライフストーリーにおいてコミュニケーションがどのように立ち現れるかを述べる。これらの章では、生の発言を多く取り上げることによって、経験を鮮明に描写している。
 
第6章では、第3章から第5章までで描写した3つのライフストーリーについて、他の3名の盲ろう者と語り合った結果を記述する。この章では、異なる盲ろう者の視点を通してさらなる解釈を付け加える。
 
第7章では、福島智氏との共同解釈の結果を記述し、盲ろう当事者であり研究者であるという立場からの視点を加えて解釈の重層化を行う。
 
終章となる第8章では、中途盲ろう者がコミュニケーションの変容をいかに経験したか、また、それが人生にどのように影響したかを考察し、支援への示唆を述べ、本書を総括する。
 
本書の中心といえるのは、第3章から第5章にかけてのライフストーリー、そして、第6章、第7章での語り合いである。生きた言葉の数々が、盲ろうに関する理解を深める一助となれば本望である。また、第8章で提示する「コミュニケーションの定位」という概念が、広く一般の人々のコミュニケーションのヒントになれば幸いである。
 

(紹介文執筆者: 柴﨑 美穂 / 2020年3月27日)

本の目次

まえがき
 
第1章 本書の背景と目的
 
1.1 ある出会い
 1.2.1 「盲ろう者」とは
 1.2.2 「障害」とは
 1.2.3 盲ろう者のコミュニケーション手段
 1.2.4 盲ろう者と私
1.3 コミュニケーションとは
1.4 障害当事者の経験やコミュニケーションをめぐる先行研究
 1.4.1 障害者研究における「障害受容」のとらえかた
 1.4.2 障害者研究における障害当事者の経験のとらえかた
 1.4.3 障害者研究におけるコミュニケーションのとらえかた
 1.4.4 盲ろう研究の概要および盲ろう当事者の経験のとらえかた
1.5 目的
 
第2章 研究の方法
 
2.1 研究法の選択
 2.1.1 ライフストーリー研究
 2.1.2 語り合いによる共同解釈
2.2 方法の全体図
2.3 第1ステップ:ライフストーリー・インタビュー
 2.3.1 インタビュー協力者
 2.3.2 インタビューの方法
 2.3.3 ライフストーリー構成の方法
2.4 第2ステップ:他の盲ろう当事者との語り合いによる共同解釈
 2.4.1 語り合いによる共同解釈への協力者
 2.4.2 語り合いによる共同解釈の方法
 2.4.3 語り合いによる共同解釈の分析
2.5 第3ステップ:福島智氏との語り合いによる共同解釈
 2.5.1 福島智氏との共同解釈を行う理由
 2.5.2 福島智氏との語り合いによる共同解釈の方法
 2.5.3 福島智氏との語り合いによる共同解釈の分析
2.6 倫理的配慮
2.7 結果の記述方法
 2.7.1 固有名詞の表記
 2.7.2 文章の記述
 2.7.3 発言の引用箇所の記述
 
第3章 【私なんか、目も半端、耳も半端】(第1ステップ)――Aさん(弱視難聴、女性、50歳代)
 
3.1 Aさんのプロフィール
3.2 Aさんと私のかかわり
3.3 Aさんへのインタビュー時のコミュニケーション
3.4 Aさんのライフストーリー
 3.4.1 幼少期 【聞こえなくても目があるからいいやって】
 3.4.2 10歳代 【はっきりいって、演技してたわね】
 3.4.3 20歳代 【今まで耳の不自由さを味わってきたのに、今度は目も始まる】
 3.4.4 30歳代 【補聴器つけてれば、なんとかなる】
 3.4.5 40歳代 【もう自分は、なんにもできないと思っちゃったのね】
 3.4.6 50歳代 【自分はここにポコンと座ってるだけ】
3.5 変容を繰り返すコミュニケーションと「半端」な状態の経験
 3.5.1 【今思えば、点字は習って良かったですよ】――コミュニケーションおよび移動のツールの獲得と、Aさん自身が語るターニングポイント
 3.5.2 【目も半端、耳も半端】――コミュニケーションにおける弱視難聴ゆえの困難
 
第4章 【盲ろう者のペースで社会が成り立ってれば】(第1ステップ)――Bさん(弱視難聴、男性、30歳代)
 
4.1 Bさんのプロフィール
4.2 Bさんと私のかかわり
4.3 Bさんへのインタビュー時のコミュニケーション
4.4 Bさんのライフストーリー
 4.4.1 幼少期 【思い出という思い出は、あまり、ないかもしれない】
 4.4.2 小学生時代 【十分な障害補償ができていなかったのは事実ですね】
 4.4.3 中学生時代 【生きていけるか、それ自体が不安だった】
 4.4.4 高校生時代 【優等に生きてれば、障害者でもちゃんと、やっていける】
 4.4.5 大学生時代 【生きてくことに対しての自信を持つことができましたね】
 4.4.6 就職後 【一般社会の中に入るっていうギャップは、ずっとおっきい】
 4.4.7 初回インタビュー現在(就職8年目)
    【やっぱりコミュニケーションがうまくいかないですね】
4.5 埋められないギャップへの無念な思い
 4.5.1 【生きていくことに対しての自信を持つことができましたね】――「障害補償」と「情報保障」という語彙がもたらした力
 4.5.2 【盲ろう者のペースで、社会が成り立ってれば、無理しちゃうことはないと思います】――「がんばること」と「がんばりすぎること」の狭間に悩む
 
第5章 【あたしの場合は救ってくれる人はいなくって、自分で立ち直った】(第1ステップ)――Cさん(全盲ろう、女性、50歳代)
 
5.1 Cさんのプロフィール
5.2 Cさんと私のかかわり
5.3 Cさんへのインタビュー時のコミュニケーション
5.4 Cさんのライフストーリー
 5.4.1 幼少期~小学生時代 【困ることはまだなかったな】
 5.4.2 10歳代 【響きだけになっちゃった】
 5.4.3 20歳代 【神経ぴりぴりになってたときがあって】
 5.4.4 30歳代 【Phさん(夫)だけが(指文字を)覚えてくれたわけ】
 5.4.5 40歳代 【見えない聞こえない、やることがわかんないわけ】
 5.4.6 50歳代 【こっちの人間は、あたしの気持ちを分かってくれない】
5.5 孤独、そして怒りの感情
 5.5.1 【家族がやる手書き文字は嫌い】―― Cさんの持つ怒りの感情
 5.5.2 【肩も叩いてくれなかった】
     ――そこにいるのに肩も叩かないという行為がCさんに意味するもの
 5.5.3 【自分で立ち直った】
     ――他者の力を借りずに自分の力で立ち直ったというストーリー
 
第6章 第2ステップ:他の盲ろう当事者との語り合い
 
6.1 AさんについてDさん(弱視ろう、女性、40歳代)と語り合う
 6.1.1 Dさんのプロフィール
 6.1.2 【2年間は短いほうだと思います】――「盲ろう者の世界」への「トンネル」
 6.1.3 【「優越感」を表現したいのかなあと思いました】
     ――弱視ろうのDさんから見た弱視難聴の世界
 6.1.4 【通訳・介助者の派遣を利用して良くなったということを載せてほしい】
     ――通訳・介助を受けるという経験がDさんにもたらしたもの
6.2 BさんについてEさん(弱視難聴、女性、30歳代)と語り合う
 6.2.1 Eさんのプロフィール
 6.2.2 【こんなに筆談で楽しくお話ができるんだなあって】
     ――情報が保障されるという経験がもたらすもの
 6.2.3 【もっとがんばってないのが悪いんだ】
     ――「がんばること」と「がんばりすぎること」への思い
6.3 CさんについてFさん(全盲ろう、男性、60歳代)と語り合う
 6.3.1 Fさんのプロフィール
 6.3.2 【家族がつたなくてもいいから指文字を表していれば】――「苦労を共にしてくれる」ということ
 6.3.3 【その場にいながら、いないのと同じ】――周囲から無視された存在としての自分
 6.3.4 【Cさんも紙細工で空虚な時間を埋めていたのだと思います】――立ち直るという経験
 
第7章 第3ステップ:福島智氏との語り合い
 
7.1 福島智氏のプロフィール
7.2 【無限のバリエーションですよね】――「中途半端さ」がもたらす「しんどさ」
7.3 【なぜ電気が消えてるかっていうとスイッチを切ってるからではない】――周囲の世界とのつながりのもちにくさ、とぎれやすさ
7.4 【盲ろうになると、人間から物体になってしまう危険性に常にさらされるんですよね】――周囲と自己との認識のギャップ
7.5 【条件を整えれば、がんばればできるんじゃないのかみたいな幻想】――過剰な努力を強いられる構造
 
第8章 人生の途中で盲ろう者になるという経験
 
8.1 中途盲ろう者のコミュニケーションの変容
 8.1.1 周囲にも自分にもわかりにくい複雑さ
 8.1.2 「コミュニケーションの定位」の困難
8.2 コミュニケーションの変容が中途盲ろう者の人生に与える影響
 8.2.1 「健常者のペース」と「盲ろう者のペース」のギャップを引き受ける苦悩
 8.2.2 「周囲の世界とのつながり」の希薄化、脆弱化
8.3 支援への示唆
 8.3.1 盲ろう者を「気づかう」人の存在と盲ろう者の「周囲への気づかい」
 8.3.2 トンネルの向こうに
 
資料
 
資料1 ライフストーリー・インタビュー協力者への依頼文(原案)
別紙1(説明書)
別紙2(承諾書)
資料2 語り合いによる共同解釈協力者への依頼文(一例)
 
引用・参照文献
 
あとがき