東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

白い表紙に黒い大きな円形

書籍名

個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論

著者名

土居 伸彰

判型など

400ぺージ、四六判、上製

言語

日本語

発行年月日

2016年12月20日

ISBN コード

978-4-8459-1628-3

出版社

フィルムアート社

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個人的なハーモニー

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本書は、ロシアのアニメーション作家ユーリー・ノルシュテインの短編作品『話の話』の分析を中心的に行うものである。さらにその過程を通じて、これまでのアニメーション研究で見過ごされがちだった国営スタジオや個人制作で作られてきた非商業的なアニメーションについての歴史的な見取り図と理論についても打ち立てる本である。
 
『話の話』は、ノルシュテインの個人史が散りばめられた断片的な構造ゆえに、観客にとって意味の捉えがたい作品である。本書は、観るたびに印象が変わるその「流動性」や「謎」の感覚についての考察を、現代アニメーション史における様々な事象も参照しつつ行うことで、アニメーションの鑑賞体験に対する新たな理解を提示する。そのことが、メインストリームのアニメーションに対するカウンターとしてしか価値が言語化されてこなかったこれらのオルタナティブなアニメーションの達成について、積極的に意味を見出すことにつながる。
 
そのアプローチによって明らかになるのは、アニメーションがリアリティの問題と深く関わりうるということだ。ノルシュテインは、アニメーションが「個人的な」リアリティを描くものだと考える。個人制作(もしくは小規模制作)で作られる作品は、万人に共有されるわけではない小さなリアリティをかたちにしてそれを観客に対して提示することで、アニメーションのその「個人的な」性質を活用する。観客はそれらの作品のビジュアルや物語構造の異質さに違和感を感じるだろうが、それは作家の個人的な世界観に根ざしたものである。つまり、自分とは違う価値観や考え方と向き合う機会ともなるのだ。このアニメーションの性質は、1990年代以降、アニメーション・ドキュメンタリーというジャンルが世界的に隆盛となり、実写では捉えることのできなかった秘められた領域 (あまりにも小さな現実や内面) を描き出す流れへとつながっていく。
 
また、本書は、ロシアの映画作家セルゲイ・エイゼンシュテインが自身のアニメーション論において提起した「原形質性」という概念の再検討を行うことで、デジタル時代のアニメーションの特徴を明らかにしてもいる。原形質性はこれまで、描線やフォルムがアニメーションにおいて自由に変容しうることを指すものとして理解されてきたが、エイゼンシュテインの論を実際に分析してみると、それが実際に言っているのは、アニメーションはリアリティや意味を自由に変容させうる流動的な記号であるということだ――アニメーションの変容は、ビジュアルそのもののレベルではなく、観客がその意味をつかもうとするとき、その脳内で起こる。(ノルシュテインはその特徴を指して、アニメーションは実写映画よりも <記号的な表現で構成される> 文学や演劇に近いと語っている) 『話の話』やデジタル時代のアニメーションは、イメージの根本的なバーチャル性に意識的であることによって、確固たる現実など存在しないという浮遊感のあるリアリティを現出させる。
 
本書は、『話の話』の謎めいた印象の持つ意味を解き明かす過程において、アニメーションを観るための新たな考え方を提示する。「個人的」で「原形質的」なアニメーションは、その謎めいた感覚によって観客のリアリティを揺さぶり、その生の意味について問い直させるのだ。


 

(紹介文執筆者: 土居 伸彰 / 2020年12月28日)

本の目次

第0章  『話の話』という「謎」
『話の話』という謎めいた作品
本書のアプローチ――『話の話』を国際的な個人作家の文脈で考える
本書のねらい――「個人的な」作品をベースにアニメーションの歴史を再編する
 
第1章  「われわれのすべてが自分の木々をもっているのです」 ――「アニメーション映画」の想像力
「違ったふうに」世界を感じる
アニメーションの起源を探る――「アニメーション映画」の誕生と発展
「アニメーション映画」の堕落と忘却
フレームの「間」に生まれる「個人的な」時間
 
第2章  「すべての文明から離れた隠れ家へ…」―― 「アニメーション映画」の小さな革命
ノルシュテイン作品における取り残された場所
アニメーションの現実変革 「アニメーション映画」とディズニーのパラレル
 「アニメーション映画」の社会性
世界の片隅に生まれる刹那の「永遠」
 
第3章  「私は現実から書き写すのだ…」 ――『話の話』とデジタル・アニメーションの不安定な現実
「書き写す」詩人
「原形質性」再考
デジタル・ロトスコーピングと不安定な現実
流動する記憶とアイデンティティ
 
第4章  「メタファーは世界の扉を開け放つ」―― アニメーションの原形質的な可能性
フレームの「向こう側」
アニメーションを「芸術」とするために
他者に宇宙を見いだす
幽霊たちの視線を感じる
幻視者の瞳
 
結論

あとがき
フィルモグラフィー
参考文献
索引

関連情報

受賞:
日本アニメーション学会賞2017 受賞 (JSAS日本アニメーション学会 2017年)
https://www.jsas.net/academic-award.html
 
著者インタビュー:
土居伸彰インタビュー「ノルシュテイン作品との出会いが生んだ、新しいアニメーション史観」 (メディア芸術カレントコンテンツ 2018年5月1日)
https://mediag.bunka.go.jp/article/article-13017/
 
【著者に聞く】21世紀のアニメーションがわかる本 アニメは「私たち」の時代へ (東大新聞ONLINE 2017年12月6日)
https://www.todaishimbun.org/ask_author20171206/
 
ポストSNS時代を映す、新しいアニメの可能性とは?『21世紀のアニメーションがわかる本』土居伸彰氏インタビュー (THE RIVER 2017年10月12日)
https://theriver.jp/nobuaki-doi-interview/
 
土居伸彰 対談・インタビューなど (ウェブマガジン「かみのたね」)
http://www.kaminotane.com/editor_profile/406/
 
書籍紹介:
【座談会】マンガとアニメーションとリアリズム――『個人的なハーモニー』から考える (後編) 宮本大人×土居伸彰×三輪健太朗 (『Merca β07』 2020年11月22日)
http://animerca.blog117.fc2.com/blog-category-2.html
 
【座談会】マンガとアニメーションとリアリズム――『個人的なハーモニー』から考える (前編) 宮本大人×土居伸彰×三輪健太朗 (『Merca β06』 2018年5月6日)
http://animerca.blog117.fc2.com/blog-entry-74.html
 
三輪健太朗 (REPRE Vol.30 2017年7月29日)
https://www.repre.org/repre/vol30/books/sole-author/doi/
 
あの超人気アニメにも影響!?アニメ作家「ユーリー・ノルシュテイン」 (QuizKnock 2017年1月5日)
https://quizknock.com/norstein
 
書評:
石岡良治 評「アニメーション表現の「向こう側」を志向する実践の書」 (『表象12』 2018年4月23日)
http://getsuyosha.jp/hyosho/hyosho12.html

本田晃子 評 (『ロシア語ロシア文学研究』49巻 2017年10月15日)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yaar/49/0/49_212/_article/-char/ja/
 
キム・ジュニアン (新潟大学) 評 (『アニメーション研究』2017 第19巻第1号 2017年9月7日)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjas/19/1/19_77/_article/-char/ja/
 
中島水緒 評 「アートの秘密を解き明かす!? 3月号新着ブックリスト」 (美術手帳 2017年3月8日)
https://bijutsutecho.com/magazine/insight/2537

大久保清朗 評「アニメの「原形質性」の輝き」 (『キネマ旬報』2017年2月上旬号 No.1738)
https://www.kinejunshop.com/items/17396079

イベント:
連続ワークショップ「アニメーションのイメージとはなにか」第2回 - 2020年代のアニメーションへ向けて (早稲田大学戸山キャンパス 2020年1月12日)
https://www.waseda.jp/flas/rilas/news/2019/12/17/6889/
 
片渕須直×土居伸彰「アニメーションの神様・ノルシュテインと現代アニメーション」「ユーリー・ノルシュテイン《外套》をつくる」上映記念 (本屋B&B 2019年3月21日)
http://bookandbeer.com/event/20190221b/
 
アニメーション表現の今を知る (明治大学リバティアカデミー 2018年1月19日)
https://academy.meiji.jp/course/detail/3882?fbclid=IwAR2Hxp11LvDSZUCMxDLiZJ9vb8TuugGrajbnTInvBpUUyZXSlxe1fUP7bPo
 
「ユーリー・ノルシュテイン監督特集上映 ~アニメーションの神様、その美しき世界~」 - TAMA映画フォーラム実行委員会特別上映会にてゲストトーク (TAMA映画フォーラム 2017年7月22日)
http://www.tamaeiga.org/special/norshteyn/
 
佐々木敦 × 土居伸彰 アニメーション的想像力の現在: ノルシュテインから『この世界の片隅に』まで──『個人的なハーモニー』(フィルムアート社)刊行記念イベント (ゲンロンカフェ 2017年1月31日)
https://genron-cafe.jp/event/20170131/
 
土居伸彰 × 石岡良治 『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』(フィルムアート社)刊行記念トークショー 「アニメーションの輪郭線を引き直す」 (ジュンク堂池袋本店 2017年1月9日)
https://honyade.com/?p=37506
 
現代アニメーション入門~アニメーションの認識をアップデートする (恵比寿amu 2017年5月15日)
http://www.a-m-u.jp/event/201705_gendaianimation.html/
 
土居伸彰トークイベント (YCAM山口情報芸術センター 2017年4月1日)
https://www.ycam.jp/events/2017/public-talk-with-nobuaki-doi/