東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

白い表紙に木目のデザイン

書籍名

資本主義的市場と恐慌の理論

著者名

江原 慶

判型など

260ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2018年4月

ISBN コード

978-4-8188-2498-0

出版社

日本経済評論社

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

資本主義的市場と恐慌の理論

英語版ページ指定

英語ページを見る

もはや教科書に載るような過ぎ去りし出来事となったが、2008年の「リーマン・ショック」は、世間に相当の動揺をもたらした。当時私は学部の学生で、巷で何が起こっているのかは皆目見当がつかなかったが、政権交代のニュースが喧しく流れたり、周囲の友人たちが就職活動に悪戦苦闘していたりするさまを目の当たりにしながら、どうやら大変なことが起こっているようだ、という感じはしていた。
 
ぼんやりしていて周囲からは取り残され、大学に一人残ることになってしまった。やはりぼんやりしていたのでさして意識的ではなかったが、このように世間を騒がす景気の変動に、自然と関心をもったのだろう。そういう事象を分析する理論に、マルクス経済学の恐慌論という分野があるらしい。ひとつ、これに取り組んでみようじゃないか。
 
しかしこれが難物だった。まず『資本論』にまとまった記述がない。したがって、関連する章句を読み解き、理論へと磨き上げてきた、大量の先行研究を消化する必要があった。その上、そうして精魂込めて作り上げられてきたこれまでの通説は、なかなか趣があるものの、少々古びているように見える。労賃が上昇して利潤が圧縮され、同時に利子率が高騰し、利潤率と利子率とが「衝突」? こうした伝統的論理の今日的有効性を、そのままのかたちで人に説得できる自信はなかった。
 
それなら別の方法に切り替えよう、これが普通の発想だろう。実際、「リーマン・ショック」をきっかけに、金融危機分析のための様々な新説が議論されていた。しかし、それらに飛びつくこともためらわれた。マルクス経済学に、検討すべき膨大な蓄積があることだけは浅学非才の私にも分かった。一度その存在を知ってしまった以上、それらを顧みることなく、全く別のアプローチをとるのは、真摯な態度とは言えないように感じられた。
 
それに、そのままの構図では使えないとしても、産業・商業・金融業の各領域を総合的に理論化しようとする、マルクス経済学の視点は、間違っていないように思えた。当時議論されていた新しい経済危機論は、「リーマン・ショック」が金融危機だったので、どれも専ら金融論に焦点を当てていた。マルクス経済学の視野は、もっと広角かつ体系的である。しかしそれゆえにこそ、各領域ががっちり噛み合ってしまっていて、融通が利かなくなっているようにも見受けられた。
 
そこで不遜ながら、あくまでマルクス経済学の立場から、自分が納得できるかたちに、恐慌論を作り変えることにした。金融危機を、金融市場の暴走だと割り切るのではいささか物足りない。暴走にも何かの原因があるだろう。それを探し求めて、市場と呼ばれる経済の中心部 (それでいてつかみどころがない) を、ほとんど自明視されがちな価格機構にまで掘り進んでいった。
 
本書は、そこからよじ登ってくる過程を記録したものである。途中で落石にあったり、足場がないところがあったりして、時間をとられた。満身創痍で這い上がってきてみれば、十年一昔、誰もそんな前の話などしなくなっていた。それでも、当人はまあまあ満足げである。そんなものなのだろう。
 

(紹介文執筆者: 江原 慶 / 2020年3月25日)

本の目次

はじめに
第I部 資本主義的市場の構造
   第1章 価値と生産価格のある市場
   第2章 資本主義的市場の無規律性
第II部 資本主義的市場と景気循環
   第3章 景気循環における相の二要因
   第4章 資本主義的市場における恐慌
総括と展望
あとがき
付録
参考文献
 

関連情報

書評:
宮澤和敏氏 (広島大学准教授) 書評『季刊経済理論』第55巻 第4号,2019年1月
 
江原 慶 書評へのリプライ『季刊経済理論』第56巻 第3号,2019年10月
 
柴崎慎也氏 (北星学園大学専任講師) 書評論文「価格機構論・景気循環論の新展開: 江原慶著『資本主義的市場と恐慌の理論』をめぐって」『北星論集』第59巻 第1号,2019年9月
 
田中英明氏 (滋賀大学教授) 書評『歴史と経済』第245号,2019年10月