東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

車椅子に乗った人が写ったベトナムの街の写真

書籍名

ベトナムとバリアフリー 当事者の声でつくるアジア的インクルーシブ社会

著者名

上野 俊行

判型など

320ぺージ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2018年7月31日

ISBN コード

9784750347059

出版社

明石書店

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ベトナムとバリアフリー

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ベトナムにどういうイメージをお持ちであろうか。ベトナムと言えばエスニックなベトナム料理、アジア雑貨、研修生など我々にとって身近な存在となってきている。しかし、国連障害者生活環境専門家会議の報告書よりバリアフリーの語句が世界に発信された1975年当時のベトナムは戦争の終結の年であり、荒れ果てた国土はバリアフリーとは縁遠い環境であった。一方の日本はどうであろうか。1975年から40年以上を経た現在の日本を見て、バリアフリーであると堂々と胸を張れる人はいるだろうか。バリアフリーの先進地域の例を見ても、バリアフリーが社会において形成されるまではそれぞれに過程が存在する。
 
バリアフリーにするとはどのようなことなのか、バリアフリーに必要なものは何かということを考えるには、バリアフリーという語句が示すものを整理することから始めなければならない。バリアフリーと聞くと一般にエレベータやスロープといったツールを思い浮かべ、経済力と強く結びついた形で語られる。果たしてそうであろうか。確かに、バリアフリーにとって経済力は重要な要因である。しかし、経済力だけでバリアフリーが完成しない事例も少なくない。
 
本書は1975年の「マイナス」のスタート地点から始まったベトナムのバリアフリー環境について地域研究を念頭に置きながら書かれたものである。本研究は日本国内のバリアフリー研究者から見て酔狂に思われもしたが、「バリアフリー=経済力」と考えられてきた先行研究に対し、バリアフリーが形成される経緯に着目すると同時に、その関係するアクターに視点をあてながら、バリアフリーを達成するのに大きな影響力を持つと考えられる住民社会の動きにも着目するものである。
 
また、本研究のために、筆者はアジア8地域20都市以上において、自らの車椅子によるバリアフリーの実証研究を行っており、本書にはそのデータ写真も豊富に収められている。ベトナムについて十分な知識を有していない読者にもベトナムの社会主義、東南アジア、バイク社会といった特徴を挙げることでベトナムのことを知ることができる内容である。それらと同様の特徴を有する中国・北京、タイ・バンコク、台湾・台北とを比較することでその地域に適したバリアフリー化を考える。
 
本書により、バリアフリーは決して一過性のものでも、スロープやエレベータを設置するだけで終わるものでもないこと、文化社会などの地域性、経済力以外の要因も関係することを明らかにできたと思う。ベトナムについてだけでなく、日本が後発国のバリアフリー化に向けて果たすべき役割を考える新たな視座として、現在の日本の環境を顧みる内容にもなっている。


 

(紹介文執筆者: 上野 俊行 / 2020年12月14日)

本の目次

はしがき
序章 途上国にとってのバリアフリー
 0・1 本書の目的と背景
 0・2 問題意識
 0・3 バリアフリー史と先行研究レビュー
 0・4 本書におけるバリアフリーと関連する語句の定義
 0・5 方法論
 0・6 フィールドと対象
 0・7 本書の構成
 
第1章 権利としてのバリアフリー
 1・1 バリアフリーの正当性
 1・2 福祉先進国のバリアフリー化
  1・2・1 北欧
  1・2・2 米国
 1・3 アジアのバリアフリー化の動き――国連とその影響
  1・3・1 国連障害者生活環境専門家会議
  1・3・2 国連と障害者年
  1・3・3 アジア太平洋障害者の十年
  1・3・4 障害のある人の権利に関する条約 (2006年)
 1・4 小括
 
第2章 ベトナムとバリアフリー
 2・1 障害者の概況
 2・2 ベトナムの障害者にとってのバリアフリー
 2・3 政府からのバリアフリー――法における障害者とバリアフリー
  2・3・1 憲法における障害者
  2・3・2 障害者に関連する法律
  2・3・3 バリアフリーの概念
  2・3・4 書籍『交通バリアフリー』
 2・4 事業者が供給するバリアフリー
  2・4・1 都市
  2・4・2 バス
  2・4・3 地下鉄
 2・5 障害者へのインタビュー
  2・5・1 DPハノイにおけるインタビュー
  2・5・2 DRDにおけるインタビュー
  2・5・3 VNAHにおけるインタビュー
  2・5・4 VFDにおけるインタビュー
  2・5・5 傷病兵のインタビュー
  2・5・6 一般の障害者
 2・6 小括
 
第3章 ベトナムの市民にとってのバリアフリー
 3・1 ベトナム2大都市の公共交通の現状と問題点
 3・2 市民の意識調査――アンケートの集計結果から
 3・3 小括
 
第4章 他都市のバリアフリー
 4・1 北京――社会主義とバリアフリー
  4・1・1 政府からのバリアフリー化
  4・1・2 北京のバリアフリー――フィールドワークを通しての検証
  4・1・3 調査結果の考察
  4・1・4 北京編の小括
 4・2 バンコク――東南アジアにおけるバリアフリーと社会運動
  4・2・1 政府からのバリアフリー化
  4・2・2 事業者側からのバリアフリー化に対する調査
  4・2・3 障害者の活動
  4・2・4 インタビュー
  4・2・5 バンコク編の小括
 4・3 台北――バイク社会におけるバリアフリー化
  4・3・1 政府からのバリアフリー
  4・3・2 事業者からのバリアフリー
  4・3・3 インタビュー
  4・3・4 公共交通機関とバイクとの関係
  4・3・5 障害者と公共交通の関係
  4・3・6 台北編の小括
 
第5章 社会とバリアフリー
 5・1 政府の役割
 5・2 障害者の役割
 5・3 事業者の役割
 5・4 バリアフリー化の三角形
 5・5 バリアフリーの形態
 
第6章 ベトナム型バリアフリー
 6・1 形式的バリアフリーとその認識
 6・2 日本のバリアフリー文化
 6・3 日越のバリアフリー文化の比較考察
 
第7章 ベトナムにみられるバリアフリー化の課題
 7・1 議論の整理と形式的バリアフリーの要因
 7・2 バリアフリー化の知識と経験
 7・3 バリアフリー化の目的地
 
終章 動き始めたベトナム――4年後のバリアフリー化の検証
 参考文献一覧
 インタビュー
 付録
  ハノイにおける調査票
  ホーチミンにおける調査票
 略語一覧
 索引
 あとがき
 

関連情報

受賞:
第13回アジア太平洋研究賞 (井植記念賞) 佳作受賞者 上野 俊行氏 (アジア太平洋フォーラム・淡路会議 2014年8月)
https://www.hemri21.jp/awaji-conf/project/commendation/13th/awards/index.html
 
論文タイトル「ベトナム社会におけるバリアフリー-北京、バンコク、台北の公共交通機関のバリアフリー化と比較して-」  (アジア太平洋フォーラム・淡路会議 2014年8月)
https://www.hemri21.jp/awaji-conf/project/commendation/13th/awards/winner02.html