東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

王朝時代の絵

書籍名

王朝社会の権力と服装 直衣参内の成立と意義

著者名

中井 真木

判型など

448ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2018年3月28日

ISBN コード

978-4-13-026245-3

出版社

東京大学出版会

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王朝社会の権力と服装

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「王朝社会」ということばから、皆さんは何を想起するだろうか。君主制の社会や宮廷社会だろうか。確かに本書は日本の宮廷社会を論じているが、この語の意味はもう少し限定的である。王朝とは日本の古代、特に平安時代の別名であり、『源氏物語』等の平安仮名文学は王朝文学とも称される。日本史学では、律令国家が崩壊した平安時代中後期 (10~12世紀) の支配体制を王朝国家とも呼ぶ。本書が扱うのは、この王朝国家体制下の朝廷における権力と服装の関係である。

王朝国家への変質や王朝文学の隆盛と同時期、束帯、直衣、女房装束といったいわゆる平安装束が朝廷に登場した。なかでも直衣は、令によって規定された服制の延長上にある束帯とは異なり、どこからきたのかよくわからない、「令外」の服装である。しかし直衣は、王朝文学に登場する貴公子がしばしばまとう、優美な朝廷文化を代表する装いとなった。そればかりでなく、一部の上位貴族には直衣での参内が勅許され、直衣は彼らの地位や天皇との親しさを表象する服装であったと言われてきた。ところが、従来の研究では、この直衣参内の特権がいつ、どのようにして成立し、具体的に誰を対象としたのか、充分に詳しく検討されたことはなかった。しかも、貴族の日記や文学作品等を繙くと、上位貴族とは必ずしも呼べない殿上人たちが直衣で職務にあたる様子や、大臣の直衣での参内を批判する記述等に行きあう。これはいったいどういうことなのだろうか。

実のところ、平安中期の直衣は、朝廷においてはもっぱら宿直の装束だった。直衣の登場に先駆け、昇殿制という新たな枠組みによって朝廷が再編されるが、天皇身辺への祗候にともない雑袍宣旨を得た殿上人たちは、やがて直衣を着て宿直するようになったのだ。公卿も宿所では直衣で過したが、大臣であっても、白昼に天皇御前や公の場に直衣で現れることは規律違反であった。しかし、天皇との外戚関係を背景に権力を固めていった藤原道長や頼通等は、日中の公の場での直衣着用の実例を積み上げ、このような場での直衣は天皇外戚の特権的装いとしての性格を持つようになる。そして院政期、摂関家が天皇との血縁を失い、新たな外戚や近臣勢力が台頭するようになると、一部の公卿に直衣での参内が明示的に勅許されるようになったのである。中でも平氏政権下には、直衣勅許の政治的重要性が高まり、「直衣参内を許された者」という新しい身分集団が生みだされた。

このような直衣をめぐる歴史の整理を通して見えてくるのは、朝廷人たちが服装を通して新たな地位や権力集団を生みだし、時にはまたその効果を無効化していた様である。朝廷の服装様式は、ともすれば静的な、超時代的な典型によって説明されてきた。しかし、王朝国家の社会は、決して固定的な規範にしばられていたわけではない。そこでは、多様な価値観や思惑が交錯する中で、絶えず新たな規範の生成と逸脱が発生していたのであり、その循環こそが服装や儀礼に政治的な力を与えたのである。

(紹介文執筆者: 中井 真木 / 2020年4月10日)

本の目次

はじめに
第一章 直衣とはなにか
第一節 直衣に関する通説とその問題点
第二節 十世紀の史料に見る直衣

第二章 雑袍勅許
第一節 先行研究の成果と疑問点
第二節 雑袍勅許の対象者と手続き
第三節 宿衣としての直衣と雑袍勅許
第四節 直衣以外の雑袍
第五節 小結

第三章 摂関政治と直衣参内
第一節 内裏の空間と服装
第二節 内裏での直衣着用の拡大
第三節 政治活動の場の多様化と直衣参仕
第四節 直衣参内の作法

第四章 直衣参内勅許の成立
第一節 『禁秘抄』の再検討
第二節 白河院政と直衣参内勅許
第三節 動乱の時代と直衣参内勅許
第四節 承久の乱後の展開

第五章 直衣始
第一節 直衣始の儀礼としての性格
第二節 直衣始の成立と多様性
第三節 鎌倉殿の直衣始
小  結 直衣始とはなにか

結び
巻末表
参考文献
あとがき
索引