東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

焼き跡の写真

書籍名

〈焼跡〉の戦後空間論

著者名

逆井 聡人

判型など

356ページ、四六判、上製

言語

日本語

発行年月日

2018年8月

ISBN コード

978-4-7872-3439-1

出版社

青弓社

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〈焼跡〉の戦後空間論

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一九四五年八月のアジア・太平洋戦争終結から、来年で七十五年が経とうとしています。そして、この期間を示す言葉として「戦後」という語が長らく使われてきました。しかし、果たしてこの「戦後」という言葉はいつまで有効なのでしょうか。よく考えれば、この七十五年の間には様々なことが起こっています。天皇制を暗黙裡に支持することで使われる元号も、「昭和」から「平成」へ、そしてまた新しい元号へと移り変わり、支配政党である自民党も変幻自在にその形を変えてきました。自然災害も幾度と重なり、経済状況もめまぐるしく変わっています。人々の暮らしに目を向ければ、「一億総中流」という幻想は吹き飛び、格差社会が広がってこれまで当たり前とされてきた生き方が様変わりしてきました。これだけ変化のある七十五年間を、それでもなお「戦後」という一言で言い表そうとするのはなぜでしょうか。あるいは、このように聞き直すこともできるかもしれません。「戦後」という言葉で包み込むことで何を見ないようにしているのでしょうか、と。
 
本書は、敗戦後のアメリカによる占領下の日本における都市空間の表象を扱ったものです。特にこの敗戦直後という時代を 語る際に頻繁に登場する「焼跡」・「闇市」という空間に焦点をあてて論じました。これまで長い間「焼跡」・「闇市」は、「戦後日本」の始まりの空間として参照されてきました。しかしながらよくよく考えてみると、どちらも一九四五年八月十五日に突如として現れた空間ではありません。「焼跡」は米軍の戦略爆撃の被害の跡ですし、「闇市」は一九三九年に始まる統制経済の副産物です。この空間を見れば見るほど、それ以前からの断絶よりも、連続性の方が見えてきます。しかし、当時から現在までのメディア言説や批評言説を見渡してみると、この空間の連続性への言及は周到に回避されてきたことが分かります。むしろ、こうした場を「戦後日本」の「グラウンド・ゼロ」として読み換えるために、この連続性が見えないような偽装が長い間施されてきたと言えるでしょう。
 
では、その連続性は何を示してしまうのか。それは、日本が「戦後」と呼ばれる時代の間も、過去の、そして同時代の戦争に密接に繋がり続けてきたという事実です。「平和な日本」という幻想は、多くの戦争で苦しみ続ける人々を無視することから成り立っていて、七十五年たった今でもその自己陶酔的な日本像にしがみ付いているために「戦後」という言葉を使い続けているのです。したがって本書は、そうした「戦後日本」言説を突き崩すために、敗戦直後の文学や映画、批評言説を対象にしながら「戦後日本」と引き続く戦争(=冷戦)との関係を考察しました。本書をお手にとっていただき、現在のメディアに溢れる空虚な「日本礼賛」の源泉をお確かめいただけると幸いです。
 

(紹介文執筆者: 逆井 聡人 / 2020年10月30日)

本の目次

はじめに

序 章 〈焼跡〉・〈闇市〉を問い直す
 1 戦略爆撃と記号としての〈焼跡〉
 2 焼跡に立つ闇市
 3 〈焼跡〉と〈闇市〉
 4 中心―周縁構造と都市論
 5 「日本ならざるもの」の生活空間
 6 敗戦後の日本社会を冷戦空間に置き直す
 7 本書の構成

第1部 焼跡・闇市のイメージ編成

第1章 語られない焼跡――戦後日本映画批評と焼跡表象
 1 戦略爆撃と焼跡
 2 戦後映画と「戦争の惨禍」としての焼跡
 3 戦後日本映画批評のなかの『東京五人男』
 4 箱庭的ユートピアと敗戦のリアリズム――小津安二郎『長屋紳士録』
 5 焼跡がはらむ加害責任
 6 小結

第2章 過去が憑依する場――『二十年後の東京』と『野良犬』に見る戦災復興
 1 『二十年後の東京』と戦災復興計画
 2 戦災復興計画の評価と用地接収
 3 連続性を示す空間としての闇市
 4 黒澤明『野良犬』での闇市の役割
 5 小結

第3章 闇市とレイシズム――闇市の構造と取り締まりにおける対象変遷
 1 「闇市」という語の起源
 2 闇市の構成
 3 GHQによる闇市の取り締まり
 4 小結――日本の外縁としての闇市

第4章 物語のなかの闇市
 1 「戦後日本」と闇市表象
 2 敗戦直後の文学と闇市
 3 大江健三郎「万延元年のフットボール」
 4 被災と責任の記憶――野坂昭如、井上ひさし
 5 記憶の起点として――浅田次郎、梁石日
 6 ミステリーとしての闇市

第2部 戦後日本から冷戦期日本へ――国民的地景(ルビ:ナショナル・ランドスケープ)と異郷

第5章 田村泰次郎「肉体の門」論――「新生」の物語と残余としての身体
 1 「肉体の門」の「書きえない領域」
 2 田村泰次郎の「肉体」観と少女たち
 3 「獣性」の身体
 4 獣性・思想・肉体
 5 小結

第6章 〈焼跡〉が闇市を周縁化する――石川淳「焼跡のイエス」論
 1 「日本」の「戦後」
 2 「新興民族」の「今日的規定」
 3 国土回復とヘテロ/ホモセクシュアルな欲望
 4 〈焼跡〉という記号
 5 小結――〈焼跡〉という国民的地景(ルビ:ナショナル・ランドスケープ)

第7章 「居たたまれなさ」を越えて――宮本百合子「播州平野」をめぐる「戦後」の陥穽
 1 宮本百合子と戦後の文脈
 2 「播州平野」評価の変遷と六全協
 3 「播州平野」の朝鮮人表象
 4 移動を内包するテクストとしての「播州平野」
 5 小結

第8章 「異郷」の空間性――金達寿「八・一五以後」
 1 「八・一五以後」発表時の「新日本文学」と金達寿評価
 2 フィクションの形式と人物類型
 3 改稿の問題と運動主体
 4 「異郷」の内実――帰郷と同化のはざまとしての闇市
 5 「異郷」にとどまることの可能性
 6 小結

第9章 「おかみさんたち(ルビ:アジモニドゥル)」のたたかい――民族教育と濁酒
 1 金達寿の占領期小説、「在日同胞生活史」という枠組み
 2 「四斗樽の婆さん」と「前夜の章」への検閲
 3 民族教育の展開と阪神教育闘争
 4 「お内儀(ルビ:かみ)さん」たちの闘争
 5 濁酒取り締まりと「第三国人」神話
 6 母と息子のすれ違い
 7 小結――〈異郷〉としての冷戦期日本

終 章 〈焼跡〉の抱擁から離れて
 1 闇市から見る占領期日本
 2 国民的地景(ルビ:ナショナル・ランドスケープ)から〈異郷〉へ
 3 「冷戦期日本」の射程

初出一覧

おわりに
 

関連情報

書評:
成田龍一 評「書評 逆井聡人『〈焼跡〉の戦後空間論』、あるいは「戦後」の読み解き方について」(東京大学出版会『UP』 2019年2月)
http://www.utp.or.jp/book/b437085.html
 
若松伸哉 (愛知県立大学准教授) 評 (図書新聞 2018年11月24日)
https://www.fujisan.co.jp/product/1281687685/b/1751004/
 
福間良明 (立命館大学教授) 評 (東京新聞 2018年10月28日朝刊)
https://www.bookbang.jp/review/article/559982
 
マイク・モラスキー (早稲田大学教授) 評 (日経新聞 2018年10月13日朝刊)
https://r.nikkei.com/article/DGXKZO36418350S8A011C1MY7000?s=6
 
川村湊 (文芸評論家) 評 (共同通信 2018年10月5日朝刊)
https://webun.jp/item/7503013
 
BOOKウォッチ編集部 「本当に闇市は輝いていたのか?」 (BOOKウォッチ 2018年8月25日)
https://books.j-cast.com/2018/08/25007848.html
 
書評会:
冷戦期東アジアと〈廃墟学〉の射程 (東京外語大学 2019年3月17日)
https://www.chosonsinbo.com/jp/2019/04/sinbo-j_190417/