東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

白と黄土色の背景にシカの絵

書籍名

語りが生まれ、拡がるところ 「非行」と向き合う親たちのセルフヘルプ・グループの実践と機能

著者名

北村 篤司

判型など

219ページ

言語

日本語

発行年月日

2018年7月30日

ISBN コード

978-4915143564

出版社

新科学出版社

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語りが生まれ、拡がるところ

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本書は、子どもの「非行」に悩み、向き合おうとする親たちのセルフヘルプ・グループの実践について、「語り」という視点から検討したものです。
 
「非行」に走った子どもの親たちの会と言っても、どんなグループかイメージが湧かない方が多いかもしれません。そこでは、「深夜に家を出ていく子どもを止められない」「親としてどう行動したらいいかわからない」「自分を責めてしまう」などの不安な気持ちやつらい思いが語られます。私も最初に会に参加したときは、親の大変さや子どもを心配する気持ちを聞き、胸がつまる感じがしました。しかし同時に、涙を流しながらも笑顔が見られたり、語りを聞いてほっと温かい気持ちになれたりする、会の持つ不思議と明るい雰囲気が印象に残りました。また、会に続けて通ううちに、それぞれの参加者の語りが変わっていく様子に心を動かされ、語り合いの場に重要な意味があると感じました。本書では、「非行」と向き合う親たちのセルフヘルプ・グループの果たしている意義や機能について、3つの問いを通じて考えています。
 
1つ目は、<参加者の語りや体験がどのように変化するのか>という問いです。子どもが事件や問題を起こすと、親は周囲から非難を受ける立場にあります。そのため、子どもの「非行」を率直に語ること自体が難しいことです。初めて参加したときには、涙が止まらず、うまく話すことができない参加者もいます。しかし、他の参加者の語りを聴き自分の体験を語っていくことや、子どもへの見方や関わり方が変化していく中で、新しい語りが生まれていきます。そこで語りが変化していく際の共通点として「見方が拡がっていく」ことが考えられました。
 
2つ目の問いは、<参加者がどのように新しい語りを構築しているのか>です。語りは、特定の時と場所で、特定の聞き手を前にして行われる行為としての側面を持ち、聞き手やその場の状況も、語りの構築に関係しています。また、社会で人々が共通に持つイメージや、その社会や文化で支配的な物語も、語りに影響します。「非行」の子どもの親に対しては、「親がしっかりしていないから子どもが『非行』に走る」「親は子どもの『非行』を止めなくてはいけない」といった見方が存在し、親自身にも影響を与えています。そうした社会で支配的な見方から距離をとり、新しい語りを生み出す上で、グループがどのように参加者を支えているのかを検討しています。
 
3つ目は、当事者と専門職の関係についてです。親たちの会では、当事者の親だけでなく、様々な立場の人の参加を認め、対等に語り合うことが目指されています。そこで、特に専門職の立場の参加者が語りの構築にどのように関わっているのかを検討しました。ここでは、固定した属性としての当事者 / 専門職という区分を超えて,当事者と専門職が協働していく可能性を提示しています。
 
本書を通じて、「非行」やその家族に対する見方が拡がっていく体験をしていただけたら嬉しいです。
 

(紹介文執筆者: 北村 篤司 / 2020年10月28日)

本の目次

はじめに
 
第1章 問題と目的
第1節 子どもの「非行」と親
第2節 子どもの「非行」と向き合う親たちの会の活動
第3節 問題意識と目的
第4節 本書の構成
 
第2章 語りへの着目
第1節 セルフヘルプ・グループに関する先行研究
第2節 ナラティヴ・アプローチの意義と課題
第3節 探求する問い
 
第3章 エスノグラフィーによる調査
第1節 エスノグラフィーという方法
第2節 フィールド:「非行」と向き合う親たちの会
第3節 フィールドとの関わり
第4節 参与観察・インタビューの実施
 
第4章 語りや体験が変化するプロセス
第1節 子どもの「非行」で悩んだ親の体験
第2節 分析の方法
第3節 例会で生み出される語りの特徴
第4節 語りの類型と参加者の体験が変化するプロセス
第5節 考察:グループへの参加と語りの拡がり
 
第5章 語りがどのように構築されているのか
第1節 コミュニティ・ナラティヴと語りの構築
第2節 分析の方法
第3節 親たちの会におけるコミュニティ・ナラティヴの醸成
第4節 語りの構築とポジショニング
第5節 考察:親たちの会における語りの構築
 
第6章 親以外の立場の参加者の語りの構築への関わり
第1節 親以外の立場の参加者の関わり
第2節 分析の方法
第3節 親以外の立場の参加者の語りや関わりの特徴
第4節 親の立場の参加者の受けとめ
第5節 語りの構築に影響する条件や文脈
第6節 考察:「ともに」学び,語り合う実践
 
第7章 「非行」と向き合う親たちのセルフヘルプ・グループの特徴と機能
第1節 3つの問いに対する答え
第2節 「非行」と向き合う親たちのセルフヘルプ・グループの特徴と機能
第3節 知見の意義
第4節 今後の課題
 
おわりに
初出一覧
引用文献
 

関連情報

参考文献としての書籍紹介:
藤澤三佳「非行の親の会における自助ブループ機能について」 (社会臨床雑誌 第27巻第1号 2019年11月)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shakairinsho/27/1/27_14/_pdf/-char/ja
 
伊藤由起夫 (NPO非行克服支援センター相談員) 今週の一言「非行」の子どもに寄り添うために (法学館 憲法研究所ホームページ 2018年12月24日)
http://www.jicl.jp/hitokoto/backnumber/20181224.html
 
書評:
(新科学出版社『ざゆーす』20号、51-52 頁 2019年10月)
https://shinkagaku.com/2020/07/06/theyouth20/