森を守るとはどういうことか。森林保全は、グローバルな環境課題となって久しい。とくに途上国では、国際機関の援助のもと、住民参加型による森林保全が進められてきた。解決策とされる住民参加型森林政策は、一定の成果とともに、多くの課題も生み出していると指摘されている。政策と現場のズレを生み出す「国家 VS 住民」、住民間の利害対立の根幹にある森林をめぐる「保護 vs 利用」など。本書は、なぜ住民参加型森林政策がこのような新たな課題を生み出すのか、政策の現場から解きほぐすものである。
本書が対象とするフィリピンは、1970年代から住民参加型森林政策を開始し、東南アジアのなかでも制度化が進む国の一つである。森林回復や地域住民の生活向上などの評価がなされる一方で、国家が住民に森林管理の権利を与えることが、住民や森林に対する国家統治の継続をより見えにくくし、森をめぐる国家と住民の対立構図も不可視化しているという批判がある。筆者が注目したのは、このような見えにくい国家統治のもとでも、現場の住民や行政職員は、政策とは異なる独自の論理やルールで森林管理を行っているという実態である。これまで、住民参加を進めるための制度のあり方については、多くの議論がなされてきたが、政策の意図と異なる現場レベルでの森林管理の実践は問題とみなされ、現場で独自の制度が生み出されるしくみについては、あまり議論されてこなかった。そこで本書は、フィリピンの一村落での詳細なフィールドワークをもとに、住民参加型森林政策の現場における制度生成のメカニズムを明らかにし、そのしくみを分析するための概念枠組みを提示することで、政策が地域社会に及ぼす影響について新たな論点を提示する。
森と農地が一体的に利用されているフィリピン・ルソン島中部の一村落では、「国家 VS 住民」「保護 VS 利用」などの森林保全をめぐる既存の二項対立的な見方で、現場の複雑な実態は理解できない。多様な森林管理の実態を見つめ、現場レベルで独自に立ち現れる政策実践の可能性を考える本書は、国際開発、環境問題、地域社会などに関心のある方々に、ぜひ手に取っていただきたい一冊。
(紹介文執筆者: 椙本 歩美 / 2021年1月26日)
本の目次
第1章 フィリピンの森林政策と地域住民
第2章 森をめぐる現場の制度を捉える視点
第3章 タルラック州M村の暮らし
第4章 森は誰のもの? ―参加型森林政策と権利主体
第5章 どの森を守るのか? ―参加型森林政策と権利空間
第6章 どうやって森を守るのか? ―参加型森林政策と権利行使
終 章 森を守るとはどういうことか
関連情報
第3回 (2020年度) 環境社会学会奨励賞 (環境社会学会 2020年6月15日)
http://www.jaes.jp/mailmag_a/2020/6113
書評:
金沢謙太郎(信州大学)評 (『環境社会学研究』第26号 2020年12月5日発行)
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641499621
葉山アツコ (久留米大学) 評 (『林業経済』72巻 (2019-2020) 8号)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rinrin/72/8/72_21/_article/-char/ja/
間宮陽介 評 「人為的にコモンズを創る試み」 (朝日新聞 2018年9月22日)
https://book.asahi.com/article/11832911
新著の余禄「住民目線で政策探る」 (秋田魁新報 2018年8月12日)
https://twitter.com/shinsensha/status/1029895273688907776