東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

ベージュの表紙

書籍名

堀辰雄がつなぐ文学の東西 不条理と反語的精神を追求する知性

著者名

大石 紗都子

判型など

298ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年3月30日

ISBN コード

9784771031746

出版社

晃洋書房

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堀辰雄がつなぐ文学の東西

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本書の学術的・社会的意義は、戦時体制や思想的な統制下にひそかながら育まれた文学の可能性を再検討することにある。堀辰雄の創作に於ける、西洋文学と日本古典文学の関わりを実証的に資料から見出し、当時の文学者達が置かれた時代状況を解明することを試みた。
 
堀辰雄は『聖家族』『風立ちぬ』など、西洋文学に学んで執筆された作品が知られている。しかし昭和十年代になると、「古典回帰」の風潮に従うかのように古典文学を題材として、死や悲劇を作品に描いた。そうした足跡は一見、ナショナリズムや戦時下の死の美学に同調しかねない危ういものともみえる。だがその実それは、当時の復古主義とは一線を画す独自の足跡だった。
 
具体的に本書は、従来研究で指摘されてこなかった堀辰雄の蔵書や直筆資料を参照し、流布本以外の『伊勢物語』・『源氏物語』・『今昔物語集』・『狭き門』・『失われた時を求めて』・漢詩などに関する手沢本の中から新たに典拠を指摘した。その上で作品の主題を掘り下げると、堀が表層的な死の讃美ではなく、孤独や悲しみの中で歩み続ける人間の生にこそ焦点を当てていたことが見えてくる。それは堀辰雄が、自身の病や時代的変動を見据え、醒めた視点を保ちながらも限られた範囲の中で西洋文学の素養を活かし、慎重に選び取った、反戦の表明だといえる。

同時に、堀辰雄が東西の文学を併せ見る視野は、決して短絡的に異質なものを組み合わせる発想でなく、当時の学界の尖鋭かつ本質的な理解をも活かすものであったことが手沢本などから明らかになる。
 
堀文学を糸口に、戦時下の学界の状況をひもとくならば、当時の知識人に共有されえたのは必ずしも好戦的ナショナリズムでなく、近代への批判精神を持ちつつも、いかに伝統を活かすかという問題への対峙だった。直接的な反戦が不可能な統制下にあって、東洋と西洋、近代と反近代の規範にとどまらない開放的な観察眼の萌芽が戦時下の言説にも指摘できる。
 
当時の古典文学再評価の動きに特筆すべきものとして、悲運や絶望の中に人間がいかなる意義を見出すのかという切実な問題意識がある。望まなかった不遇を宿命として認識するのではなく、その悲運すら自らの主体的な人生の一部分として読み換える強さ、それでありながら周囲の戦争讃美の気運には呑み込まれない一貫した自律性は、文学的想像力に裏打ちされた人間の知を証し立てるものといえる。実はマルクス主義からの転向、「日本浪曼派」といった昭和十年前後の問題にも広くそうした可能性が潜在した。それでありながら、なぜ知識人たちは戦争を食い止められなかったのか。一方で生死や抵抗・非抵抗の自由を奪われた否応ない状況の中で、いかなる選択肢を当時の知識人は見出しえたのか。その問題意識は、『風立ちぬ』のような戦時下の現実を感じさせない作品がなぜ描かれ、今日にも残る文学的達成の一つとされるのかを、筋道立てることにもつながっていくだろう。
 

(紹介文執筆者: 大石 紗都子 / 2020年10月2日)

本の目次

はじめに
凡例

第I部 堀文学に於ける西洋的知性――〈芸術家小説〉の追求――
第1章 『美しい村』に於けるゲーテとプルースト―― <芸術家小説> の観点から――
第2章 『風立ちぬ』を生んだ文体と方法論
第3章 『美しい村』から『風立ちぬ』へ――合わせ鏡としての両作品――

第II部 堀辰雄の文学――日本古典文学と西洋文学の結節点――
第1章 『曠野』に於ける達成――“古典回帰”との関連と「不条理」の追求
第2章 『姨捨』にみる東西文学の融合――「永遠の女性」について――
第3章 『姨捨』『姨捨記』と更級日記――保田與重郎との関連――
補 説 保田與重郎『更級日記』と「日記文学」の受容史について

第III部 「昭和十年代」と“古典回帰”試論――国文学研究と「日本浪曼派」――
第1章 堀辰雄と古典文学――実存と“他者”による救いの観照――
第2章 堀辰雄『魂を鎮める歌』――「万葉集」と「伊勢物語」の連関――
第3章 反語的精神の萌芽――「日本浪曼派」始発期の可能性と亀井勝一郎『生けるユダ (シエストフ論)』――
第4章 戦時下の批判的精神――<イロニー> と「反語的精神」――

【別表】『風立ちぬ』『美しい村』に於ける類似表現等の対照表
【別表】堀辰雄書簡と『十月』対照表
 
おわりに
初出一覧
参考文献一覧
 

関連情報

書評:
「昭和文学研究」第80集 (昭和文学会 2020年3月1日)
「大波小波」  (『東京新聞』 2019年6月6日夕刊)
「日本近代文学」第101集 (日本近代文学会 2019年11月15日)
 
編集者による紹介:
https://twitter.com/yinoue0910/status/1099990428747591681
https://twitter.com/yinoue0910/status/1138687515022381056