東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

白い表紙に気象予報師たちの写真

書籍名

日本気象行政史の研究 天気予報における官僚制と社会

著者名

若林 悠

判型など

384ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年3月27日

ISBN コード

978-4-13-036272-6

出版社

東京大学出版会

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日本気象行政史の研究

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本書は、行政学の観点から近代以降の日本の気象行政の歴史を描き出そうとしたものである。行政学は教科書や講義においてその学ぶ意義を説明する際、行政の活動が人々の日常生活にいかに身近な存在であるのかを例に挙げることが多い。しかしながら、天気予報をはじめとする気象行政は、人々の生活に最も身近な行政の一つでありながら、行政学が必ずしも十分な研究をしてこなかった領域である。そこで本書は、天気予報をめぐる日本の気象庁と社会との関係を歴史的に考察することで、気象庁の実態解明を目指すことを試みている。
 
全体の構成は、結語を除き、行政学研究上の課題や先行研究の検討、分析視角の設定といった理論的な準備作業の部分 (序章および第一章) と、歴史研究の部分 (第二章から第五章) から成る。歴史研究の部分に絞ったうえで概要を紹介すると、第二章は、明治期から昭和戦前期までの期間を対象とし、「研究機関」としての性格を色濃くもった戦前の中央気象台 (1956年より現在の気象庁となる) が、戦時期の社会との接点の実質的な消失を通して、研究よりも日々の課業の遂行に専念する「現業官庁」へと移行していった過程を示した。
 
第三章は、戦後から1950年代までの時期を対象としている。戦後復興の過程で社会との接点を回復していった中央気象台は、数値予報という新たな予報技術を通して社会的な支持を調達しようとしたことを明らかにした。第四章は、主に1950年代後半から1980年代の時期を対象としている。運輸省の外局に昇格した気象庁は、数値予報以外にも気象衛星などのように客観的な天気予報を支えるための観測手段の技術開発を進めていき、1980年代までには今日に至る気象庁の天気予報に関する技術的な基盤が確立したことを指摘した。
 
第五章は、1980年代以降から概ね2000年代までを対象としている。「天気予報の自由化」の改革は、防災気象情報の提供をめぐって時に官民の緊張関係を生み出すことにもなった。改革のなかで「防災官庁」を掲げた気象庁は、「指導」を通じて緊張関係の解消を図るなど、適切な官民関係の構築に向けて模索を続けていることを明らかにした。
 
以上のような道程を経て、現在の気象庁は、「防災官庁」としての指導性を発揮する組織を目指していると考えられる。実際、集中豪雨や台風といった自然災害が起きるたびに、我々は気象庁職員が会見する姿を目にし、彼らが積極的に公表する警報や注意報などの情報に接する。こうした現代日本における気象庁の役割が大きくなっているからこそ、この組織の実像を知る必要性は高まっているのではないだろうか。本書が、気象庁という「行政組織」を知るための手がかりになれば幸いである。
 

(紹介文執筆者: 若林 悠 / 2020年9月14日)

本の目次

序 章
 
第一章 本書の課題と視角
第一節 行政学・政治学における「専門性」
第二節 行政学研究への科学社会学の視角の導入
第三節 本書の視角の設定
第四節 対象の性格
 
第二章 近代日本の気象行政――「エキスパート・ジャッジメント」の制度化
第一節 天気予報の開始と「研究機関」路線の定着
第二節 戦時体制下の気象行政と「危機」の顕在化
小括 
 
第三章 戦後日本の気象行政の形成――「エキスパート・ジャッジメント」から「機械的客観性」へ
第一節 平時への復帰と「現業官庁」路線の定着
第二節 「客観的」な「予報」へのパラダイム転換
小括 
 
第四章 戦後日本の気象行政の確立――「機械的客観性」の制度化
第一節 気象庁における「企画」の役割の増大
第二節 「防災官庁」への社会的期待の表出
第三節 国内気象監視計画の策定
小括
 
第五章 現代日本の気象行政の動揺――「エキスパート・ジャッジメント」の再生
第一節 「天気予報の自由化」の背景
第二節 気象業務法の改正
第三節 「天気予報の自由化」がもたらしたもの
小括
 
結語
 

関連情報

受賞:
2020年度 (第24回) 日本公共政策学会賞奨励賞 (2020年6月6日)
http://www.ppsa.jp/prize.html

書評:
安部美和 評 (『年報行政研究』第55号 2020年5月)
https://shop.gyosei.jp/products/detail/10362
 
城山英明 評 (『UP』第565号 2019年11月)
http://www.utp.or.jp/book/b487486.html
 
和田武士 評 (『都市問題』第110巻第10号 2019年10月)
https://www.timr.or.jp/cgi-bin/toshi_db.cgi?mode=kangou&ymd=2019.10
 
本だな 田中省吾 評 (『天気』第66巻第9号p.651-652 2019年9月)
https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2019/2019_12_0061.pdf