東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

白に黒の題字のみのシンプルな表紙

書籍名

番号を創る権力 日本における番号制度の成立と展開

著者名

羅 芝賢

判型など

240ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年3月14日

ISBN コード

978-4-13-036271-9

出版社

東京大学出版会

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番号を創る権力

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最近とあるゼミに招待されたことがある。そのゼミでは本書を1章ずつ輪読していた。そこで出た論点の中に興味深いものがある。国家は、一度何かをつくってしまうと、それがいかに無駄な、あるいは有害なものであれ、使い続ける傾向がある。その代表的な例としては、第二次世界大戦における核兵器の使用とその後の核拡散をあげることができよう。この例ほどの緊張を孕むものではないが、マイナンバーを導入した後の日本政府の対応も同様の性質を帯びている。われわれは、そのような働きがもたらす意図せざる結果を警戒しなければならないのではないか。
 
マイナンバーカードの取得をすべての公務員に事実上強制するという最近の政府の方針を目の当たりにして、その過剰とも思えるような執念に、当惑した人もいるだろう。なぜこうなってしまったのだろうか。この問いに答えるためには、日本とは異なる番号制度を持つ国々へと目を配り、それらの国々との違いが生じたところまで歴史を遡る必要がある。本書も、そのような作業を通じて書かれたものである。
 
歴史を遡り、他国との比較を行う過程では、さまざまな発見に出会う。例えば、10年後の日本社会を描いた1981年の通産省の資料は興味深いものであった。それによれば、1990年の日本には、「パスポート・カード」という国民IDカードが身分証明から料金支払いまで日常生活の隅々に浸透していて、役所は「オフィス・オートメーション化」を通じて24時間サービスを提供している。「コンピュートピア」という当時の言葉に凝縮されていた情報化社会のイメージは、ある意味で世界が進む方向性を示すものでもあった。しかし、その予測通りに進行したものは、それほど多くない。国民番号制度だけをみても、それが情報技術の発展とともに普及した国の事例を発見するのは難しい。むしろ、統一的な国民番号制度を導入している国々は、コンピュータ技術の発展とは無縁な状況の下で、制度の導入に踏み切っていた。
 
そうだとすれば、制度はどのように変化してきたのか。統一的な番号制度を持つ国と、日本のようにさまざまな領域で分立した番号制度を持つ国の違いは何なのか。行政サービスと情報技術と番号制度とはどのような関係にあるのか。ヒントとなるのは、国民番号制度を導入しているスウェーデンや韓国のような国々は、制度を導入する前の段階で行政サービスを大きく拡大するような経験をしていなかったということである。スウェーデンの場合、第二次世界大戦が終焉した直後に普遍主義型の福祉国家建設に乗り出し、その過程で国民番号制度を導入した。冷戦の前哨であった韓国では、反共イデオロギーの下で厳格な身分証明システムが発達した。行政サービスが拡大したのはそれよりも随分と後のことである。もちろん、この説明だけでは、まだ疑問は残るであろう。気になった方は本書を手に取り、歴史を遡る過程で私が発見したものを探り当ててみて頂きたい。
 

(紹介文執筆者: 羅 芝賢 / 2020年3月26日)

本の目次

序 論
 1. プライバシー意識論の限界
 2. 近代国家と番号制度
 3. 本書の課題
 4. 本書の構成

第1章 日本の戸籍制度と番号制度
 第1節 住民管理の始動
 1. 近代国家の勃興と変貌
 2. 日本の近代国家建設と戸籍制度
 3. 制度間の矛盾の克服
 第2節 住民管理行政の漸進的発展 
 1. 制度転用と制度併設
 2. 戸籍事務のコンピュータ化
 3. 番号制度の統一化
 第3節 番号制度の形成過程
 1. 医療保険制度
 2. 公的年金制度
 3. 運転免許制度
 小括

第2章 プライバシーの政治的利用
 第1節 言説と実態
 1. 日本人とプライバシー
 2. プライバシー保護と本人確認制度
 第2節 国民総背番号制の浮上と挫折
 1. 冷戦とコンピュータ
 2. 行政改革と国民総背番号制
 3. 労働組合の反合理化闘争
 4. 革新自治体の隆盛
 第3節 反対世論の形成
 1. 政治エリートと世論
 2. 派閥抗争とグリーンカード
 3. 地方分権と住基ネット
 小括

第3章 情報化政策の逆説
 第1節 行政組織と情報技術

 1. 情報技術への期待
 2. 情報化の帰結
 第2節 コンピュータ産業政策をめぐる政治
 1. 産業政策の「成功」
 2. 市場としての行政機関
 第3節 産業政策の意図せざる結果
 1. 「電子計算組織のあらまし」
 2. 分割された政府調達市場の維持
 小括

第4章 韓国における国民番号制度の成立
 第1節 植民地時代の住民管理

 1. 近代的な戸籍制度の成立
 2. 内地と外地の差異
 第2節 住民管理の新たな展開
 1. 制度の置き換え
 2. 「洞籍」と「登録票」の出現
 3. 冷戦と身分証明書
 第3節 住民登録番号の誕生
 1. 誕生の経緯
 2. 国民番号制度と行政機能の拡大
 小括

第5章 多様な番号制度への道
 第1節 福祉国家と番号制度

 1. 番号制度の中途半端な統一化:アメリカとイギリスの事例
 2. 冷戦と国民IDカード: ドイツの事例
 3. 国民番号制度と普遍主義型の福祉国家: スウェーデンの事例
 第2節 帝国主義の陰に生まれた国民番号制度
 1. 台湾の統一番号
 2. エストニアの個人識別コード
 3. 電子政府の目的
 小括

結論
 1. 国家権力の両義性
 2. マイナンバーと日本の福祉国家
 

関連情報

受賞:
第45回 藤田賞 <奨励賞> (2019年)
https://www.timr.or.jp/research/fujita_award.html