東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

テオフィル・クヴャトコフスキによる水彩画

書籍名

ショパンの詩学 ピアノ曲《バラード》という詩の誕生

著者名

松尾 梨沙

判型など

408ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年2月8日

ISBN コード

978-4-622-08759-5

出版社

みすず書房

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ショパンの詩学

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本書は、フリデリク・ショパン (1810-1849) の作曲技法とポーランド文学 (特に詩学) との関わりから、彼が生んだ《バラード》というピアノ独奏曲ジャンルの意味を明らかにしたものである。
 
研究の発端は、ショパンのしたためた手紙の文体であった。彼が幼少期に記した書簡のほとんどはポーランド語で書かれており、その文体は韻を踏み続けたり一定のリズムを刻むなど、実は音楽的に響いてくるところが多い。このようなショパンの戯言やユーモアのあるポーランド語文体は、彼の音楽的閃きや創作に直接関与しえただろうか。彼の作品には歌曲 (ポーランド語の詩にメロディと伴奏を付けた作品) があり、また詩的なタイトルを付されたピアノ曲に《バラード》がある (バラードとは本来、韻文で書かれた物語を指す文学ジャンル名であり、西洋音楽史上ショパンが初めてピアノ独奏曲のタイトルに用いた)。
 
そこで <第1部> では、ショパンの歌曲作品を検証している。ショパンは生涯を通してポーランド詩人たちと非常に親しくしており、彼らの詩に歌曲を書き続けていた。本書では詩の構造や、作者である詩人の傾向、ショパンとの関係といったことを、上述のショパン自身のポーランド語文体の性質も参考にしつつ丹念に追い、その考察を踏まえた上で歌曲の分析を行っている。それにより、ショパンが詩人たちの才能と、個々の詩の芸術性や特徴をいかに見抜いた上で作曲していたかが明らかとなった。
 
つまりショパンは、ポーランドの文学作品を構造的、理論的にとらえる力と、それを音楽で表現する力を備えていた。これまで気づかれてこなかったこの側面に注目するならば、彼の有名なピアノ曲でありながら、その文学的タイトルの意味するところがこれまで判然としてこなかった《バラード》に関しても、その意味をより厳密に指摘することが可能となる。この観点から <第2部> では、《バラード》全4曲の検証を行った。ここではショパンと同時代にポーランドで生まれた数々の文学のバラード作品を扱い、それらの構造的特徴を、ショパンの《バラード》全4曲の構造的特徴と比較した。これにより、彼の《バラード》がいちジャンルとして成立しうること、しかもそれが総じてポーランド文学のバラードとパラレルな構造を持っていることを、最終的に明らかにした。この結論は《バラード》解釈に戸惑い続ける演奏家たちにとっても有用なものとなるだろう。
 
ショパンは今日まで「ピアノの詩人」と呼ばれてきたが、それは単に感傷的なサロン風小品を書く作曲家という意味でしかなかった。しかし本書の結論からすると、彼はそうした意味で「ピアノの詩人」なのではない。詩学と音楽学の学際的視点から取り組まれた初のショパン研究書として、本書はこれまでと別の意味で、そして真の意味で、ピアノの「詩人」ショパンを浮かび上がらせている。
 

(紹介文執筆者: 松尾 梨沙 / 2020年9月25日)

本の目次

凡例

第1章 ショパンと文学――新たな視座から
1 本書の射程
2 本書の目的と背景――先行研究と問題点
3 ショパンを取り巻いた言葉

〈第1部〉
6人の詩人から読み解くショパンの歌曲――その詩の構造と作曲技法との関わり


第2章 19世紀初頭ポーランドの文学と音楽――〈第1部〉導入として
1 1815-1830年のポーランド文壇
2 1815-1830年のポーランド楽壇

第3章 オシンスキ――屈折した最後の啓蒙主義詩人
1 栄光の人生
2 さまざまな顔
3 ショパンとオシンスキ
4 分析――《リトアニアの歌》
5 まとめ――「翻訳詩人」と「歌曲作家」の共鳴

第4章 ミツキェヴィチ――「開かれた形式」の誕生へ
1 ミツキェヴィチの生涯と作風概観
2 直接的発話からドラマティック抒情詩へ
3 ショパンとミツキェヴィチ
4 楽曲分析
5 まとめ――伝統の「同化」から「淘汰」へ

第5章 ヴィトフィツキ――生涯の友となった田園詩人
1 ヴィトフィツキの生涯
2 郷里と民衆を謳う――『田園詩集』と『バラードとロマンス』
3 ショパンとヴィトフィツキ
4 楽曲分析
5 まとめ――「民謡詩」と「芸術詩」を的確に読み取った作曲家

第6章 ポル――国土を愛した蜂起歌人
1 生い立ち
2 ポルの両親――家庭環境から窺えるショパンとの共通性
3 ポルの作風
4 分析――《墓からの歌》
5 まとめ――時空間の転換と調性

第7章 ザレスキ――ウクライナの小夜啼鳥
1 ザレスキの生涯
2 3つの詩とウクライナ民謡のリズム
3 ショパンとザレスキ
4 楽曲分析
5 まとめ――ウクライナとポーランドの「交差点」

第8章 クラシンスキ――望郷の「匿名詩人」
1 生い立ち、代表作とその特徴
2 「十字を負いし山より」と『旧約聖書』
3 『最後の人』に見られるクラシンスキ的思想
4 ショパンとクラシンスキ――デルフィナ・ポトツカをめぐって
5 分析――《十字を負いし山より》
6 まとめ――詩学的な客観視と楽曲構造

〈第2部〉
《バラード》の条件――ショパンが生んだ新ジャンルをめぐって


第9章 ポーランド文学の「バラード」に対峙するショパン
1 ポーランド文学史における「バラード」
2 ショパンの《バラード》に共通する拍子とリズム
3 ポーランド「バラード」構造概観

第10章 叙事詩的特徴――バラードを支えるトリニティ (1)
1 叙事詩の定義と歴史
2 19世紀ポーランドにおける叙事詩とバラードのとらえ方
3 「バラード」における叙事詩の要素
4 ショパンの《バラード》に見られる叙事詩的バラード構造
5 まとめ――叙事詩的特徴から抒情詩・戯曲的特徴へ

第11章 抒情詩的特徴――バラードを支えるトリニティ (2)
1 抒情詩の定義と歴史
2 19世紀ポーランドにおける抒情詩とバラードのとらえ方
3 「バラード」における抒情詩の要素
4 バラードにおける「音楽的構造」と「言語的・視覚的表現」
5 ショパンの《バラード》に見られる抒情詩的バラード構造
6 まとめ――「聴覚化」と「視覚化」の矛盾が生む固有性

第12章 戯曲的特徴――バラードを支えるトリニティ (3)
1 戯曲の定義と歴史
2 「バラード」における戯曲の要素
3 ショパンの《バラード》に見られる戯曲的バラード構造
4 まとめ――「混合物」としての独創性

終章 ピアノの「詩人」――ショパンがポーランドの言葉から得たもの
 

詩学用語一覧
音楽用語一覧
参考文献一覧
初出一覧
あとがき
索引
 
 

関連情報

受賞:
第25回日本比較文学会賞 (日本比較文学会 2020年11月18日)
http://www.nihon-hikaku.org/activity/award.html

2018/2019年度日本スラヴ学研究会奨励賞 (日本スラヴ学研究会奨励賞選考委員会 2020年6月12日)
https://www.jsssll.org/2020/07/02/2018-2019年度日本スラヴ学研究会奨励賞選考結果についての報告/
 
関連記事:
トピックス: 松尾梨沙『ショパンの詩学』あとがきの周辺 (みすず書房ホームページ 2019年2月12日)
https://www.msz.co.jp/topics/08759/
 
書評:
松尾梨沙『ショパンの詩学 ピアノ曲《バラード》という詩の誕生... (わおん書房 2020年9月6日)
https://fukui.cast-a-net.net/detail/15011/news/news-165727.html

林信蔵 評 (『比較文学』第62巻 2020年3月31日)
http://www.nihon-hikaku.org/activity/comparative_literature/back_number.html

原明美 評「ポーランドの詩と深く結びついたショパンと4曲の「バラード」」 (音楽の友2019年4月号 2019年3月)
http://ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?code=031904
 
一柳富美子 評 (音楽学第65巻2号 2019年)
https://www.musicology-japan.org/publish/v65/bulletin65_2.html
 
講演会:
神戸大学ポーランドウィーク講演会「ショパンの詩学」 (神戸大学 2019年10月16日)
https://www.fgh.kobe-u.ac.jp/ja/node/704