東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

ボドーによる1900年万博コンクールの祝祭ホール計画の立面図

書籍名

鉄筋コンクリート建築の考古学 アナトール・ド・ボドーとその時代

著者名

後藤 武

判型など

312ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年3月27日

ISBN コード

978-4-13-066860-6

出版社

東京大学出版会

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鉄筋コンクリート建築の考古学

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切石組積による西洋建築と、エンジニアリングを背景として工場やホールといった新しいビルディング・タイプに適用された鉄とコンクリートの近代建築は、これまで切り離して論じられてきました。しかし連綿と受け継がれてきた切石組積による建築の伝統は、新たな建材の技術革新が生まれたからという理由だけで途切れ、歴史と切断された新たな技術が一から建築を生み出していったわけではありませんでした。鉄筋コンクリート建築の生成過程には、固有の時間構造があったのです。その時間構造を抽出することによって、鉄筋コンクリート建築が誕生した意味を明らかにすることが出来るはずです。
 
『鉄筋コンクリート建築の考古学—アナトール・ド・ボドーとその時代』は、鉄筋コンクリート建築生成の起源へと遡行し、技術史に内在する論理のみならず、様式をめぐる歴史的な論理と様式を支える構法をめぐる論理との中から、鉄筋コンクリート建築が生み出されてきた過程を論証しています。その目的のために、フランス最初期の鉄筋コンクリート建築家であり、中世建築の保存修復家だったアナトール・ド・ボドーの歴史理論と建築、そしてその時代背景とが分析の俎上に載せられます。アナトール・ド・ボドーのシマン・アルメ建築は、古代ローマ、ビザンティン、ロマネスク、ゴシック、19世紀という異なった時間に属する建築技術と材料、そして原理を、19世紀社会が求めるプログラムに適応させるべく合成させた技術として成立しました。建築様式が並列した混迷の時代、19世紀。新たな様式が不在なまま、様式を欠いた工学技術による建造物が次々と生み出されていくこの時代に、建築は可能なのか。古典主義建築の質を担保しながら、19世紀特有の課題に応える建築はどのようにしたら成立するのか。アナトール・ド・ボドーは、西洋建築の構法史を再構成しながら合成する方法を見出していきました。
 
20世紀西洋における近代建築の位置づけに大きな役割を果たしたジークフリート・ギーディオンは、鉄とコンクリートの近代建築を西洋建築の歴史との断絶を徴づけるものとして解釈しました。それ以降、19世紀歴史主義と20世紀近代主義建築との断絶が、建築史の既成事実として認識されてきました。しかし、古代建築や中世建築構法の再解釈に基づいてセメントと鉄を合成させる新しい構法による建築を見出していったアナトール・ド・ボドーに着目し、その歴史理論と建築作品分析とを合わせて行うことによって、初期鉄筋コンクリート建築が、技術革新に基づく発明というよりは歴史の再生現象と考え得るものであったことが明らかになりました。鉄筋コンクリート建築という近代を代表する建設技術は、複数の歴史的時間に属する建設技術が複合的に再生されることによって生み出された技術だったのです。近代の技術革新の進歩史観を更新し、より大きな時間構造において捉え直そうとするのが、この本です。

 

(紹介文執筆者: 後藤 武 / 2021年3月12日)

本の目次

序 章 記憶の再生――西洋建築史の中の鉄筋コンクリート
1 記憶の忘却
2 鉄筋コンクリート建築の先史
3 対象と方法
4 本書の構成

I 考古学とモデルニテ――アナトール・ド・ボドーの歴史理論

第1章 石から鉄へ――物質間を翻訳するヴィオレ=ル=デュク
1 分類から変移へ
2 《le style》の概念と比較解剖学
3 建築の変移説
4 原形質としての水晶
5 鉄の哺乳類
6 弾性と均衡――ゴシック建築の構造
7 石と鉄の複合
8 変移する近代建築

第2章 変移の歴史理論――歴史を遡行するアナトール・ド・ボドー
1 変移と再生
2 モノリスと骨組――古代ローマ建築構法解釈
3 ベンデンティヴの変移――ビザンティンからロマネスクへ
4 フライング・バットレスの変移――ロマネスクからゴシックへ
5 鉄の変移――一九世紀建築の課題
6 アナトール・ド・ボドーの歴史理論

II ロマノ=ビザンティン建築の系譜――ペンデンティヴと鉄

第3章 ロマノ=ビザンティン建築の生成――歴史と現代を接続する建築理論
1 ロマネスクとビザンティンへの遡行
2 フランスのビザンティン建築
3 一九世紀のロマノ=ビザンティン建築
4 ペンデンティヴの再生――ポール・アバディ
5 リヴ・ペンデンティヴ・システム――ルイ=オーギュスト・ボワロー
6 サン=シモン主義とロマノ=ビザンティン建築
7 折衷か変移か

第4章 現代建築としてのロマノ=ビザンティン建築――アナトール・ド・ボドーの切石組積建築
1 ランブイエのサン=リュバン教会の成立
2 ランブイエのサン=リュバン教会の構法
3 ラ・ロッシュ=ミレイのサン=ピエール教会とプリヴァのサン=ジャン教会
4 学校とホール

III シマン=アルメ建築の生成――古代と近代の邂逅

第5章 鉄筋コンクリート建築技術の黎明――ポール・コタンサンのシマン・アルメ構法
1 格子と編物
2 仮想の菱面体
3 組積かモノリスか
4 シマンとベトン
5 システム・コタンサンとシステム・エヌビック
6 システム・コタンサンの応用
7 弾性とモノリスの統合

第6章 ネットワーク・ヴォールトの展開――アナトール・ド・ボドーのシマン・アルメ建築
1 シマン・アルメ建築の基本文法
2 初期のシマン・アルメ建築
3 サン=ジャン・ド・モンマルトル教会の構法
4 未完の大ホール計画群の構法
5 アナトール・ド・ボドーの弟子たち
6 近代建築への影響――弾性と均衡の原理の展開

結 章 シマン・アルメ建築生成の時間構造

附 論 用語法と研究史
1 用語法
2 鉄筋コンクリート建築の考古学研究史

おわりに

関連情報

受賞:
2021年日本建築学会著作賞 (AIJ一般社団法人日本建築学会 2021年)
https://www.aij.or.jp/2021/2021prize.html

関連記事:
後藤武『アナトール・ド・ボドーのシマン・アルメ建築生成に関する研究』 (土居義岳の建築ブログ 2018年11月6日)
https://yoshitake-ntiku.hatenablog.com/entry/2018/11/06/000000
 
書評:
松畑 強 評「近代建築に隠見される構造線を掘り起こした労作――鉄筋コンクリート構造の成立過程の一端を丹念に追う」 (『図書新聞』第3470号 2020年11月7日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3470