東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

水上スラムの家と人々の写真

書籍名

治療を渡り歩く人びと ナイジェリアの水上スラムにおける治療ネットワークの民族誌

著者名

玉井 隆

判型など

300ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年3月25日

ISBN コード

9784894891579

出版社

風響社

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

治療を渡り歩く人びと

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本書は、グローバル・ヘルス時代におけるマラリア治療をめぐる人びとの行動と社会関係を検討したものである。検討の対象は、ナイジェリアの水上スラムとして世界的に知られる「マココ地区」で暮らす、エグンと呼ばれる民族集団である。本書は、彼らのマラリア対処をめぐる行動原理と社会関係の形成過程を、民族誌的アプローチに依拠し明らかにしたものである。
 
これまで公衆衛生に拘る支援者や研究者は、生物医療に基づく医療サービスは、専門家により適切に提供される限りにおいて、人びとに信頼にされ積極的に利用されるものであることを前提としてきた。しかし本書は事例分析から、病いへの対処を模索する場面において、人びとは生物医療の医療サービスの質やコストよりも、それが誰によって提供されるのかを問題としていること、具体的には、例えサービスの質が高く経済的コストが低くとも、日常的に争いの多い忌避すべき民族集団 (他者) ではなく、より近しい関係にある者同士のつながりを重視していることを明らかにした。本研究を通して、公衆衛生課題への政策的対応を検討する場合には、当該社会の個別具体的な社会関係を考慮することが重要であることが示される。
 
本書の意義は主に以下2つに整理できる。一つは、アフリカ地域研究として特異な事例を提示している点である。本書の対象となるラゴスは、人口2,000万を抱えるサハラ以南アフリカ最大都市であり、公衆衛生や都市貧困に関し多くの問題が指摘されてきた。しかし、治安上の問題から、民族誌的調査を行なった文献はほとんど存在しない。またラゴス内にあるマココ地区は、ラゴス最大級の水上に浮かぶ「見た目」に分かりやすいスラムであり、日本を含む世界各地で度々報道される「有名」なスラムである。しかしマココ地区での詳細なフィールド調査に基づく研究成果は、世界的に見ても存在しない。
 
二つ目として、本書は、医療者を含む開発援助の実務者に、公衆衛生課題に関して人類学的視点からの分析に基づく新たな知見を提供する点が挙げられる。彼らの多くは、ローカルレベルにおける人びとの病いに対する行動や認識に関する、社会・文化的側面を詳細に解明できていない。したがって貧困層は、安価で質の高い医療サービスが提供されれば、それを積極的に利用することを前提としている。本書はこうした医療者や開発援助実務者が考える前提を覆し、人びとがいかに、なぜ、病いへの対処にかかるコストよりも、お互いのつながりや関係性を殊更に重視するのかを詳細に解明している。

 

(紹介文執筆者: 玉井 隆 / 2021年9月28日)

本の目次

はじめに
序論 生物医療・信頼・治療ネットワーク
  一 研究の枠組み
  二 先行研究の検討
  三 本書の構成と調査の背景
 
第一章 民族的境界の諸相
  一 マココ地区の位置
  二 マココ地区におけるエグンの歴史
  三 ヨルバに対する忌避
  四 故郷の位置
  五 小結
 
第二章 エグンの日常的実践
  一 外部からの小規模支援
  二 エグンの自助努力
  三 小結
 
第三章 マラリア対策とマココ地区における生物医療の展開
  一 マラリア対策の変遷
  二 マココ地区における生物医療の展開
  三 小結
 
第四章 エグンのマラリア認識
  一 オバ――マラリアと腸チフスの区別
  二 マラリア認識の背景
  三 小結
 
第五章 治療の探求
  一 マラリア対処の方法
  二 マラリア対処の変化
  三 出産の場所
  四 小結
 
第六章 エグンとヨルバの狭間
  一 教会を通したかかわり
  二 会社を通したかかわり
  三 ナイジェリアで生まれ育ったエグン
  四 小結
 
結論 治療を渡り歩く人びと
  一 限界状況における実践
  二 本書の学術的意義
  三 政策的インプリケーション
 
あとがき
参照文献
索引

 

関連情報

受賞:
第6回「生存学奨励賞」 (立命館大学生存学研究所 2021年3月5日)
https://www.ritsumei-arsvi.org/news/news-3563/
 
書評:
小森谷祐司 評 (『アフリカNOW』115号 2020年12月18日)
https://ajf.gr.jp/africanow-115/
 
落合雄彦 評 (『JOURNAL OF AFRICAN STUDIES アフリカ研究』No.98 2020年12月)
https://african-studies.com/main/wp-content/uploads/2021/01/v98.pdf
 
関連記事:
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