東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

山吹色の表紙

書籍名

知的障害を伴わない発達障害児・者のきょうだいの体験に関する研究 目に見えない障害とどのように向き合っていくのか

著者名

大瀧 玲子

判型など

368ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年3月31日

ISBN コード

978-4-7599-2324-7

出版社

風間書房

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近年、発達障害児・者を含めた家族全体への支援の必要性が認識されるようになりつつあるが、親に比べて、その健常なきょうだいへの支援はまだ少ない。本書は、健常児・者との違いが見えにくいことも多い、知的障害を伴わない「軽度」の発達障害児・者に注目し、そのきょうだいの体験の特徴を明らかにし、それを踏まえてきょうだいへの支援の可能性を検討したものである。
 
本書の特徴は次の3点である。第一は、障害の可視性に注目した点である。本書では、程度の異なる障害児・者のきょうだいの体験について比較することで、ADHDや自閉症スペクトラム障害といった、同胞の障害が目に見えにくい「軽度」であることがきょうだいに与える影響について考察し、それによって可視性の低さが、個人、家族、そして社会に与える影響について複数の位相を明らかにした。
 
特徴の第二は、きょうだいの当事者性に注目し、質的な検討を加えることでその体験の個別性と多様性を明らかにした点である。本書は、これまでエピソード的にしか報告されていなかった障害者のきょうだいの体験について、体系的なデータ収集と質的な分析を行ったものであり、知的障害を伴わない「軽度」障害児・者の体験を明らかにすると同時に、そこからきょうだいに必要とされる援助の方向性を示している点に意義がある。
 
特徴の第三は、研究の理論的枠組みとして、ライフサイクルと家族システムの視点を参照した点である。これまで障害者家族は、ケアの主たる担い手である母親を中心に語られ、きょうだいは脇におかれてきた。しかし、障害のある同胞をめぐるきょうだいの体験は家族の関係性に根差している部分も大きく、きょうだいもまた社会的に支援を必要とする当事者であると捉えること、そしてきょうだいが日常を送る現実の関係性を支援する視点が必要である。そこで本書では、障害者家族は健常なきょうだいを含めた一つのシステムであることを前提とし、家族の中で障害児・者のきょうだいとしてどのような役割を担っているのかという点から理解を深めることを試みた。
 
本書の核となるのは、同胞の障害が目に見えないとはどういうことか、という問いについて、きょうだいのライフサイクルを軸にアプローチした点である。特に本書の後半では、ライフストーリー研究を重ねることで、同胞の障害がわかった時点にとどまらず、きょうだいが、同胞とともに成人する過程では自立をめぐる試行錯誤を体験し,自身の就職や結婚といったライフイベントを経ながら、親の老年期を前には将来の役割移行や同胞との新たな関係性の構築を試みるという姿を明らかにし、ライフサイクルに伴うきょうだいの体験の変化を描写した。障害児・者のきょうだいは,障害児・者の隣で育ち関係を紡ぎながら,同時に自身の生を生きるその人としてどのような体験をしているのか、またきょうだいの体験の多様性を前提とし、どのように関係性を援助していくのかという点について理解を深める一助になれば幸いである。

 

(紹介文執筆者: 大瀧 玲子 / 2021年4月2日)

本の目次

はじめに
第I部 問題設定
第1章 障害児・者のきょうだい研究の概観
 第1節 問題意識
 第2節 障害児・者のきょうだいであることとは
 第3節 きょうだい支援について
第2章 障害についての整理
 第1節 はじめに
 第2節 発達障害とは
 第3節 知的障害を伴わない発達障害とは
第3章 本研究の目的と構成
 第1節 研究の目的
 第2節 研究の構成
 第3節 本研究における用語の定義
 
第II部 知的障害を伴わない発達障害児・者のきょうだいの体験
    ―同胞の障害の程度がきょうだいに与える影響に焦点をあてて―
第4章 研究1: 知的障害を伴わない発達障害児・者のきょうだいが体験する心理プロセス
    ―目に見えない障害をどのように認識し,向き合うのか―
 第1節 問題と目的
 第2節 方法
 第3節 結果
 第4節 考察
 第5節 本章のまとめ
第5章 研究2-1: 発達障害児・者のきょうだいは同胞の障害をどのように捉えているのか(1)
    ―重度発達障害者のきょうだいが体験する心理プロセスの検討から―
 第1節 問題と目的
 第2節 方法
 第3節 結果
 第4節 考察
 第5節 本章のまとめ
第6章 研究2-2: 発達障害児・者のきょうだいは同胞の障害をどのように捉えているのか(2)
    ―重度発達障害との比較から見る知的障害を伴わない発達障害児・者のきょうだいの特徴とは―
 第1節 体験の比較から見る軽度きょうだいと重度きょうだいの相違
 第2節 知的障害を伴わない(軽度)発達障害児・者のきょうだいの体験の特徴と臨床心理学的示唆
 第3節 本章のまとめ
 
第III部 青年期から成人期にある知的障害を伴わない発達障害者のきょうだいの体験
第7章 研究3: 成人期にある知的障害を伴わない発達障害者のきょうだいの体験に関する一考察
    ―ある姉妹の「羅生門」的な語りの分析からきょうだいの多様性を捉える試み―
 第1節 問題と目的
 第2節 方法
 第3節 結果と考察
 第4節 総合考察
 第5節 本章のまとめ 
第8章 研究4: ライフステージの変化がきょうだいにもたらす影響
    ―きょうだいへの縦断的インタビューから―
 第1節 問題と目的
 第2節 方法
 第3節 結果と考察
 第4節 総合考察
 第5節 本章のまとめ
 
第IV部 知的障害を伴わない発達障児・者のきょうだいへの支援についての検討
第9章 研究5: 知的障害を伴わない発達障害児・者のきょうだいの支援に関する臨床心理学的示唆
    ―同胞の障害程度が異なるきょうだいの支援の体験と思いに関する検討から―
 第1節 問題と目的
 第2節 方法
 第3節 結果
 第4節 考察
 第5節 本章のまとめ
 
第V部 総括
第10章 総合考察
 第1節 本研究で得られた知見とその意義
 第2節 本研究の総括
 第3節 臨床心理学的な理論に対する示唆
 第4節 本研究の限界
 第5節 今後の展望
引用文献
付表
初出一覧
あとがき