東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

Henry Dawkinsによる政治イラストLiberty Triumphant

書籍名

権力分立論の誕生 ブリテン帝国の『法の精神』受容

著者名

上村 剛

判型など

352ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2021年3月23日

ISBN コード

9784000614603

出版社

岩波書店

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権力分立論の誕生

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筆者がまだ法学部生だった頃、ある後輩に「政治思想史という学問には何か新しい発見があるのですか」と聞かれたことがある。当時は専門的な知見をほぼ持っておらず、大変答えに窮した覚えがある。過去の有名な文章を多くの人がこれまで何百年間も読んできて、いまさらなにか新しい発見があるのかと思ってしまったのだった。だがこの質問にうまく答えられないことで、政治思想史は停滞した学問であるとの誤解をその後輩に与えてしまったように思う。
 
それから10年が経ったいま、改めて学部生からそのような質問を寄せられたら、政治思想史は新鮮な驚きがあり、とても刺激的な学問分野であると答えるだろう。
 
政治思想史研究は日々刷新されている。まず、新たなテクストが発見されている。次に、どのテクストに着目するか、という問題がある。ある思想家の代表作についての理解 (たとえばプラトンの最高傑作は『国家』、といった) も、ある時代を代表する思想家は誰かという理解 (たとえば17世紀を代表する政治思想家といえばロック、といった) も、後世の解釈を反映したにすぎない可能性がある。最後に、二点目と関連して、どう個々の文章を解釈するか、という問題がある。個々の文章の束として著作は存在しているわけだが、ある細かなひとつの語や文と著作全体の論旨の関係性や、ときには矛盾をどう解釈するかは、思想史家の個性が発揮される舞台である。そこには無限の解釈可能性の宇宙が広がっている。
 
この結果、私たちが常識とみなしてきた見解も、時間の経過とともに変わっていく。ホッブズは絶対主義者だとか、ロックは自由主義者だとかいった「常識」も、今日では簡単に首肯できない解釈である。あるキーフレーズとともに思想家を教科書的に理解するのは簡単である。「万人の万人に対する闘争」とか「一般意志」とか「鉄の檻」とか。しかしそれはすぐに、ある思想家の理解を局限してしまう危険と隣り合わせでもある。
 
モンテスキューといえば三権分立、というキーフレーズもこのリストに加えられる。モンテスキューはそのような単純な図式におさまらない、大変ユニークな思想家である。もちろんこれ自体は専門家には既に知れ渡っていることであるため、本書はそこから一歩進めて、ではなぜ権力分立論者としてのモンテスキューという理解が生じたのか、と問いを進めた。そこで着目したのは、同時代のブリテン帝国において『法の精神』を読んだ者たちの反応である。その受容過程で生じた、新たな政治原理の (意図せざる) 生成過程を追い求めた。そこから、モンテスキューが三権分立を発明した、という理解も、マディソンやアメリカ合衆国憲法が作り上げた、という理解にも限界があることがわかった。むしろその合間に位置していた、今日では忘れられた人々のテクストに着眼し、その重要性を明らかにした。
 
もし政治思想史に新しい発見がないなどと勘違いをする学生がいるようなら、手前味噌ながら、この本を読むといいよ、と本書を薦めてあげたい。多くの新たな発見に満ちているだろう。

 

(紹介文執筆者: 上村 剛 / 2022年2月4日)

本の目次

序章
 
第1部 鏡の国のモンテスキュー?──混合政体論と権力分立論の重なり (1748~1765)

第1章 『法の精神』における混合政体/権力分立と二つの裁判権
 第1節 「三権分立」をめぐる議論の錯綜
 第2節 裁判権の重要性

第2章 仏英における『法の精神』受容とブラックストン『イングランド法釈義』
 第1節 英語圏におけるモンテスキューの高評価
 第2節 ブラックストンにおける混合政体論と権力分立論の重なり
 第3節 モンテスキューからブラックストンへ──司法権の変奏と貴族身分の擁護

第2部 さまよえるブリテン人──帝国の誕生と、混合政体論の動揺 (1763~1773)

第3章 総督と植民地──帝国的国制の態様
 第1節 1763年勅令と新植民地の苦闘
 第2節 トマス・パウナル──混合政体論なき権力分立論の萌芽
 第3節 国王大権モデルと混合政体モデル──参議会への権力集中

第4章 ミドルセックス選挙における混合政体論と権力分立論の衝突
 第1節 論争が起きるまで
 第2節 庶民院議会における罷免の決議と、グレンヴィルの反論
 第3節 ウィルクスの再選と、議会外への論争の波及
 第4節 立法権と司法権の異同?
 第5節 論争の終了と影響
 第6節 非混合政体論的国制解釈への傾斜──ドゥロルム『イングランド国制』

第5章 植民地に裁判所を作る──1773年東インド会社規制法への道
 第1節 支配権の確立から司法法案まで
 第2節 東インド会社規制法案と最高裁判所
 第3節 ブリテン帝国における権力分立論の誕生

第3部 そうやって最も美しい噓が生まれる──帝国的国制のアメリカ的変容 (1774~1792)

第6章 ケベック法とジョン・ディキンソン
 第1節 フランス法の尊重か、イングランド法の導入か──ケベック統治のディレンマ
 第2節 ジョン・ディキンソン、反本国派のリーダーになる
 第3節 『ケベック住民への手紙』におけるモンテスキューの援用
 第4節 植民地期の権力分立テーゼ・再考

第7章 1776年の邦憲法制定
 第1節 宙づりの権力分立論──ジョン・アダムズ『政府に関する考察』
 第2節 ヴァージニア邦憲法における権力分立の成文化
 第3節 権力分立と帝国的統治構造──修正参議会の登場

第8章 マディソンの換骨奪胎──『フェデラリスト』のレトリックとリアリティ
 第1節 いかに邦を抑制するか──マディソンにおける権力分立論の消極的地位
 第2節 『フェデラリスト』における非権力分立論的権力分立論の価値
 第3節 Adieu, Montesquieu──マディソン、モンテスキューと訣別する

第9章 ハミルトンの一点突破──『フェデラリスト』のレトリックとリアリティ
 第1節 ハミルトンと執行権の単一性
 第2節 執行参議会をめぐる葛藤
 第3節 「立法審査制」から司法審査制への横滑り

終章

 

関連情報

受賞:
第43回サントリー学芸賞 (思想・歴史部門) (公益財団法人サントリー文化財団 2021年11月11日)
https://www.suntory.co.jp/news/article/14024-1.html
https://www.suntory.co.jp/sfnd/prize_ssah/detail/202107.html
 
第1回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2020年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
 
書評:
犬塚元 (法政大学教授) 評「モンテスキューの謎を解明する」  (朝日新聞朝刊 2021年5月22日)
https://book.asahi.com/article/14355163
 
苅部直 (政治学者・東京大教授) 評「三権分立 流れたどる」 (読売新聞朝刊 2021年4月25日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20210424-OYT8T50145/
 
書籍紹介:
歴史を検討し、政治を眺め直すと、いっぱいわからないことが出てくる──議院内閣制もそのひとつ (WEBアステイオン 2021年12月22日)
https://www.newsweekjapan.jp/asteion/2021/12/post-46.php
 
売れる「就活本」で大学生の進路希望がわかる? 東大・京大は研究者、早稲田はメディア、慶應はプレゼン (文春オンライン 2021年6月29日)
https://bunshun.jp/articles/-/46463?page=2
 
慶応義塾生協 三田書籍部 Book Best 10 - 全国10生協の書籍部で、今売れている本のベストテン (全国大学生協連 2021年5月25日) 
https://www.univcoop.or.jp/news_2/news_detail_1872.html