東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

白い表紙に蝶のイラスト

書籍名

専業主婦という選択 韓国の高学歴既婚女性と階層

著者名

柳 采延

判型など

308ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2021年2月

ISBN コード

978-4-326-60333-6

出版社

勁草書房

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専業主婦という選択

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本書は、韓国社会において高学歴女性の多くが専業主婦になる現象の背景と経緯を解明するものである。
 
韓国は1960年代以降近代化・産業化が進み、1990年代以降は女性の高学歴化や欧米に近い家族形態が一般化してきた。そのような韓国社会で一般的に想定されるような「高学歴女性であるほど労働市場で働く」という現象は依然として見られていない。日本以上に圧縮された、すなわち、より急速に産業化が進行していった韓国では伝統的な家族規範や役割規範が根強く残っていながら、女性の高学歴化、情報化にともなう高度専門職の導入やジェンダー平等化の運動への関心は日本以上に進んでもいる。そうした状況の中で、家庭外で就労せず、高学歴専業主婦になるという選択が成立した過程を本書では韓国の1960年代以降の統計や政策資料、韓国の女性雑誌・新聞記事の内容分析に基づいて明らかにしている。
 
女性の高学歴が労働市場で活かされない現象に関しては、根強い性別役割分業規範によるものとして議論されてきており、近年においては母親の子どもの教育役割と関連付けられる。すなわち、2000年代以降の新自由主義的競争の激化と家族主義などの社会的・文化的背景に伴う母親役割の増加という規範論で説明されてきた。しかし、本書は近年の現象には既存の性別役割分業規範には還元できない側面があるということから、規範論や文化的説明の限界点を指摘し、韓国のマクロな社会構造的変化に伴う女性の意識の変化、当事者視点による女性の地位や役割の意味づけに着目する。
 
本書の主張は、学歴と職のミスマッチ、経済的不平等の拡大などの社会変動の中で当事者の意識においては父系親族との葛藤の回避・家庭内役割の平等化の追求やホワイトカラー的仕事の代替として位置づけられている女性の合理的選択 (子どもの教育マネジャーを自称する「専業マム」という選択) が、高学歴女性による新しい規範的ライフスタイルの形成と階層の違いを可視化するツールとなり、結果的には新たな家父長制の再生産を生んでいるというものである。さらに、その予期せぬ帰結として、韓国の家父長制が、階層再生産と固定化の進行、人口学的な現象にも関連していることを指摘している。
 
本書は圧縮された近代化を経験し激変する韓国の女性をめぐる変化の全体像を描き出しており、家父長制社会の帰結として男女間の葛藤のみならず世代間葛藤にも触れている。
 
本書を通じて皆さんには韓国社会を知るだけでなく、日本社会の家父長制とジェンダー問題に気づく機会になってほしいと思っている。

 

(紹介文執筆者: 柳 采延 / 2022年2月4日)

本の目次

序 章 「高学歴専業主婦」という現象
 1 問題意識と研究目的
 2 研究内容と研究方法
 3 本書の構成
 4 用語の整理

I部 韓国における社会構造の変化──家族と女性

第1章 韓国の社会変動と女性の労働
 1 産業化初期の女性の労働と韓国の近代家族
 2 民主化前後の韓国社会と女性の賃金労働者化
 3 雇用環境の大転換と職業的階層分化
 4 少子高齢化、未婚化・晩婚化
 5 小括

第2章 韓国の女性・家族政策の変遷
 1 産業化初期の家族政策と労働の統制
 2 女性の「労働権」という視点──「男女雇用平等法」の導入と発展
 3 ワーク・ライフ・バランスの視点の導入
 4 少子化対策としての両立支援政策と労働市場の柔軟化政策
 5 養育の再家族化と家族イデオロギー
 6 小括

II部 韓国における主婦の変容と「専業主婦」

第3章 家庭内における女性の地位と役割──一九六〇~二〇一八年の新聞記事分析から
 1 家族関係と女性の役割
 2 対象選定と分析方法
 3 再生産領域と女性──「家父長」との関係を中心に
 4 小括

第4章 働く主婦へのまなざし──主婦の労働をめぐる言説とその歴史的経路
 1 韓国における主婦と再生産労働
 2 研究方法と対象選定
 3 一九六〇~一九八〇年代──「主婦化」における特徴
 4 一九九〇年代以降──市場労働/再生産労働の意味づけの変容と「専業主婦」
 5 小括

第5章 教育する母
 1 韓国における母親の「子どもの教育」
 2 対象選定と分析方法
 3 子どもの教育における役割の変化──「母親の成功物語」化
 4 教育する母──高学歴専業主婦の「自分らしさの探求」
 5 小括

III部 専業主婦という選択と家父長制

第6章 「専業主婦」という選択と社会構造
 1 「高学歴専業教育マム」という地位
 2 経済的不平等の拡散と階層ごとの主婦の型
 3 小括

終 章 構造化される選択──ミクロとマクロの視点から
 1 専業主婦という選択
 2 家父長制と構造化される選択
 3 本書の意義と課題

あとがき
参考文献
人名索引
事項索引

関連情報

受賞:
第1回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2020年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
 
書評:
相馬直子 評 (『家族社会学研究』33巻2号p.235-236 2021年10月31日)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjoffamilysociology/33/2/33_235/_article/-char/ja/
 
伊達平和 評「専業主婦を「選択」する韓国高学歴女性の論理――圧縮された近代を進んでいる諸地域にとっても有益な情報を提供してくれる」 (『図書新聞』第3509号 2021年8月28日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3509
 
書籍紹介:
自分のキャリアより子の教育を優先。韓国で広がる「専業主婦イデオロギー」とは (ミモレmi-mollet 2021年8月11日)
https://mi-mollet.com/articles/-/30990?layout=b
 
「小学生になったら専業主婦」アジア圏の衝撃実態 - 取材も経てわかった共働きの「不都合な真実」 (東洋経済ONLINE 2021年8月10日)
https://toyokeizai.net/articles/-/446052
 
あとがきたちよみ (けいそうビブリオフィル - 勁草書房編集部ウェブサイト 2021年2月16日)
https://keisobiblio.com/2021/02/16/atogakitachiyomi_sengyoshufutoiusentaku/