東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

白い表紙に煙のような模様

書籍名

近代文学者たちのロシア 二葉亭四迷・内田魯庵・大庭柯公

著者名

松枝 佳奈

判型など

552ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2021年5月30日

ISBN コード

9784623091188

出版社

ミネルヴァ書房

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近代文学者たちのロシア

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小説『浮雲』やロシア文学の翻訳で知られる明治の文学者・二葉亭四迷。じつは二葉亭は、ロシアの社会と文化を総体的に理解した「ロシア研究者」でもありました。また現在の『朝日新聞』の前身の一つである『大阪朝日新聞』に勤務するなど、ジャーナリズムや言論への関与を志向しました。
 
文学者・内田魯庵は、さまざまな分野にわたる旺盛な執筆活動のかたわら、ドストエフスキー『罪と罰』を翻訳し、ロシア問題を論じるなど、終生ロシアへの関心を抱きつづけました。評論家・随筆家の大庭柯公は、明治・大正期に『大阪毎日新聞』『東京朝日新聞』『読売新聞』などで活動した新聞記者で、帝政時代のロシアに特派され、日本人で初めてロシア軍に従軍して取材しました。大正期に「ロシア研究者」として名を馳せたのち、革命後のロシアで消息を絶ちました。魯庵と大庭は、「ロシア研究者」としての二葉亭の活動とその志をもっともよく理解した友人たちだったといえます。
 
本書は、以上三名の文学者の著述のうち、従来あまり注目されてこなかったロシア関係の評論や随筆、口述筆記、回想、日記、書簡などを初めて詳細に分析した著作です。そのような作業を通じて、広範な知見でロシアを研究し、言論と文学の場から日露関係の真の発展を目指した三名の文学者たちの足跡や交友関係、思想的系譜を明らかにしました。
 
明治・大正期にロシアに深い関心を寄せて活動した二葉亭四迷、内田魯庵、大庭柯公。彼らが単なる「文学者」ではなく、日露の人民の自由や幸福、知的な発展と成熟を希求し、言論や文学の場から、より建設的な日露関係や両国間の交流を目指した知識人であった、というこれまでにない視座を提示しました。彼らはロシアの社会や文化、民族、思想、生活を総体的かつ学際的に捉えたロシア事情の研究と、一般社会のよりよいロシア理解、日露の相互理解を目指したのです。
 
新しい解釈により、従来あくまでも文学の領域で語られてきた二葉亭や魯庵を、真のロシア理解や建設的な日露関係の発展を目指した言論人や思想家として捉えなおし、活動とその意義を詳細に論じました。くわえて、日本のジャーナリズムや社会思想史の領域で部分的に言及されてきたものの、一般には広く知られていない大庭を、多くのロシア語の新資料を用いながら、二葉亭の言論活動と思想の後継者として論じることで再評価しました。そしてロシアをめぐる思想と人的交流の面から二葉亭と大庭をつなぐ人物として、魯庵を精緻に考察したのは、これまでに例を見ない試みです。
 
二十一世紀の今日においても、日露関係は多くの困難を抱えています。二葉亭や魯庵、大庭のような知識人たちはそれらをすでに百年以上前に察知し、同時代と過去のロシアに関する膨大な知識や情報、知見をもって、民間の立場から独自に解決の道を探ろうとしました。三名のロシアをめぐる言論・文学活動の実態を詳らかにした本書が、日本近代文学、比較文学・文化、日露関係史、日露文化交流史、社会思想史、出版・ジャーナリズム史などの分野に関心を持つ皆さんに広く読まれることを願ってやみません。
 

(紹介文執筆者: 松枝 佳奈 / 2022年3月22日)

本の目次

はしがき 
 
序 章 ロシアに対峙した近代文学者たち
 1 「文学」の領分とロシア研究
 2 本書の目的と構成
 
 
 第I部 二葉亭四迷のロシア――志士と文学者の両立
 
第一章 二葉亭四迷が生まれた土壌
 1 先行研究の概観と論点
 2 青年期の二葉亭と教育――ロシア語と漢学
 
第二章 知露派言論人・二葉亭――明治三十年代の談話記事
 1 談話記事のなかのロシア文学・社会論
 2 日露戦争と『大阪朝日新聞』における活動
 
第三章 日露戦争後の二葉亭とロシア特派
 1 文学解説とロシア思想研究――「露西亜文学談 (ガンチヤロフの小説)」
 2 文学・言論活動で雄飛する志士
 
 
 第II部 内田魯庵のロシア――啓蒙と思想・言論弾圧への抵抗
 
第四章 志士の理解者――内田魯庵の二葉亭追悼文
 1 二葉亭との友情とロシアへの関心――「二葉亭の一生」を中心に
 2 二葉亭死後の魯庵と日英のロシア研究への視線
 
第五章 思 想・言論弾圧への抵抗としてのロシア研究――随筆「労農政府の承認問題」(一九二三)
 1 ロシア革命後の『太陽』におけるロシア関係魯庵随筆
 2 「労農政府の承認問題」の分析
 
 
 第III部 大庭柯公のロシア――志士・二葉亭四迷の後継としての観察と実行
 
第六章 志士の挫折と新生――日露戦争前後の大庭柯公
 1 同志との共闘――二葉亭追悼文「対露西亜の長谷川君」
 2 「思想のために死す」――ウラジオストク拘禁中のロシア語聖書
 3 新たな「自由簡易の天地」――大庭執筆ロシア関係記事 (一九〇六―一九一二)
 
第七章 「北隣の巨人に接せよ」――大正期の大庭柯公のロシア研究
 1 第一次世界大戦と大庭のロシア特派
 2 ロシア社会・文化・風俗の観察――「露国感想記」『露西亜に遊びて』
 
 
終 章 自由と「経世済民」の希求――近代文学者たちのロシア
 1 本書の総括
 2 『露西亜に遊びて』以後の大庭の活動
 3 言論活動と社会関与の志向
 
あとがき
参考文献一覧
二葉亭四迷・内田魯庵・大庭柯公の動向と日露関係・国際情勢・ロシア情勢(一八六二―一九二三年)
人名索引・事項索引
 

関連情報

受賞:
第1回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2020年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html

書籍紹介:
もっと深く知りたい人のための推薦図書 (佐藤 優『人物で読み解く日本史365人』p.346 2021年12月10日)
http://www.shin-sei.co.jp/np/isbn/978-4-405-10814-1/