東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

自白法則の理論的構造

書籍名

自白法則の理論的構造

著者名

川島 享祐

判型など

672ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2022年4月

ISBN コード

978-4-641-13953-4

出版社

有斐閣

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自白法則の理論的構造

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本書は、筆者が東京大学大学院法学政治学研究科に提出した、いわゆる助教論文を基にするモノグラフである。本書では、憲法38条2項及び刑訴法319条1項が規定する自白法則が、いかなる理論的構造の下で自白を排除するのかという問題を検討した。
 
この問題を検討するにあたって、本書は、歴史的なアプローチと比較法的なアプローチを用いている。すなわち、前者の下、自白法則の発祥から上記の各規定が戦後に制定されるに至る過程を調査するとともに、後者の下、自白法則やそれと類似するルールを採用する諸外国において、当該ルールの理論的構造がどのように理解されているかを検討した。これらのアプローチは、法学の領域で伝統的に用いられてきたものであるが、歴史的・比較法的な知見を現代法の解釈に反映させることで、従来の議論を一歩先に進めることができたのではないかと思う。
 
歴史的に見ると、自白法則が18世紀後半のイギリスで発祥した際にその理論的根拠とされたのは、陪審による誤判を防止するために、虚偽であるおそれのある自白を証拠から排除するという発想 (信頼性原理) であった。このルールはアメリカの各法域にも定着したが、その後、アメリカにおいては、拷問等の極端な取調べを意味する「サードディグリー」の問題化を背景に、20世紀前半に連邦最高裁が、連邦憲法第14修正のデュープロセス条項を介して、極めて悪性の高い取調べ手法を用いて獲得された自白に基づく州の有罪判決を破棄するようになる。
 
憲法38条2項は、GHQの占領統治下において、1946年に成立した。20世紀前半にアメリカで示された上記の発想 (本書では「拷問排除説」と呼んでいる) は、戦前の我が国で生じていたいわゆる「人権蹂躙問題」への反省をも踏まえつつ、この規定に取り込まれたと考えられる。また、憲法には、連邦憲法第5修正が保障する自己負罪拒否特権に関する規定も置かれた (本書が提示する「供述の自由侵害説」はこの権利に基礎を置く) 。その後、1948年に刑訴法319条1項が成立したが、その施行前後には、伝統的な理論的根拠である信頼性原理 (「虚偽排除説」) も、我が国に輸入された。
 
比較法的に見ると、現在のイギリスやオーストラリアにおいては、自白の任意性という伝統的な概念は用いられなくなり、複数の理論的根拠からそれぞれ個別に判断枠組みを導くというアプローチが採用された。これに対して、アメリカとカナダにおいては、自白の任意性を包括的な判断基準としつつ、その下で複数の理論的根拠を総合的に考慮するアプローチが、ドイツにおいては、供述の自由が侵害されたかのみを判断基準とする一元的なアプローチが採用されている。
 
アメリカ法の影響を強く受けた我が国においては、これまで、自白の任意性という概念を自白法則の包括的な判断基準であると考える傾向、及び、自白の任意性を判断する際に、複数の理論的根拠を総合的に考慮する傾向が見られた。これに対して本書は、そのような考え方が、現在の議論の混乱を招いているという認識の下、上記の歴史的・比較法的知見を踏まえ、自白法則の背後には位相の異なる複数の理論的根拠が存在し、そのそれぞれから個別に判断枠組みを導くべきであること、及び、自白の任意性を自白法則の包括的な判断基準と考えるべきではないことを主張した。
 

(紹介文執筆者: 川島 享祐 / 2022年9月5日)

本の目次


 
第1章 我が国の問題状況
 第1節 戦前の問題状況
 第2節 憲法38条2項と刑訴法319条1項の制定過程
 第3節 現在の議論状況の確立とその問題点
 第4節 違法排除説登場後の判例・学説に対する理論的検討
 第5節 本章の成果 ―― 比較法的考察の分析視角
 
第2章 イギリス法
 第1節 自白法則の成立とPACE制定までの判例の展開
 第2節 PACEの制定とその解釈
 第3節 本章の成果
 
第3章 オーストラリア法
 第1節 統一証拠法の「承認」に関する諸規定とその制定過程
 第2節 信頼性テストに関する議論
 第3節 本章の成果
 
第4章 アメリカ法
 第1節 デュープロセス条項による介入以前の状況
 第2節 デュープロセス条項に基づく自白の排除
 第3節 本章の成果
 
第5章 カナダ法
 第1節 「任意性」準則の理論的構造とその問題点
 第2節 自白法則の憲章上の地位 ―― 黙秘権との関係
 第3節 本章の成果
 
第6章 ドイツ法
 第1節 136条aの参照可能性に関する前提的検討
 第2節 136条aによる証拠使用禁止の判断枠組み
 第3節 本章の成果
 
第7章 日本法の再検討
 第1節 自白法則の理論的構造を検討する際のアプローチ
 第2節 理論的根拠ごとの個別的検討
 第3節 理論的根拠の相互関係と判断順序
 
結 語

関連情報

受賞:
第2回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2021年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html