晉唐道敎の展開と三敎交渉
21世紀の現在、中国語圏において厄祓いや病気を治療する方法として、「符水」(呪文が書かれるお札を燃やした灰を入れたお白湯) を飲む療法が日常茶飯事に行われている。実は、この療法は2世紀の中国の後漢末期に現れた「太平道」という信仰的組織で使用されていたとされる。しかしながら、三国時代に入る前に太平道は反乱を起こして間も無く鎮圧され、朝顔の花一時で歴史舞台から姿を消した。
一方で当時、太平道と類似したもう一つの教団的組織、「五斗米道」はその教主たる張魯によって漢中 (陝西省南西部) にて割拠政権を築き、後に曹操の侵攻で滅びたが、前述した療法を含めた儀礼や思想・組織形態などは3~10世紀に至る数百年間において儒教・仏教と応酬しながら大きく発展した。その結果、儒仏二教と鼎立した「道教」へと蛻変し、歴史に名を刻むに至った。
本書は、このような時期の多様かつ複雑な道教が歩んだ統合化について論じたものである。主に道儒仏三教交渉の歴史において、晋唐期の道教が展開した思想的な面に焦点を当て、その原動力となった諸要素を紐解き、その歴史的意義を見出している。本書は、研究目的及び先行研究を論じた序論と総括並びに今後の展望を述べた終章のほか、「道篇」四章および「教篇」四章の論考によって構成される。
「道篇」では、晋唐期の道教思想を中心に、当時の道教がいかに教理の中核たる「道」を捉え展開させていったのかをめぐる諸問題について考察を行う。一方、「教篇」では、晋唐期の道教が一つの「教」として、儒教仏教及び王権との応酬の歴史過程において、いかに自身の独自性を保ちつつ、進化展開していったのかについて論じる。以下、中心部を構成する八章の概要は以下の通りである。
第一章は南北朝期の道教経典に見える多種多様な「道」の定義と最高神を中心に考察を行い、それぞれ異を呈する様態を指摘し、第二章は隋唐道教の重要概念「重玄」の歴史的展開を再検討し、その成立時期に新たな見解を提示する。第三章は道教経典に見られる般若学の空思想の導入の思想史的意義を分析し、第四章は道教が最高神の信仰体系「三清」を作り出した過程を明らかにする。第五章は石刻資料を例証とし、知識人と村落共同体における道教の最高神に対する認識の変化や道教内部での整合化への動きを指摘し、第六章及び第七章は『弘明集』『広弘明集』の中に見られる仏教の道教批判の類型及び道教思想の理解の変化を検証する。第八章は祭祀儀礼を手掛かりに儒道の交渉の実態について通史的考察を行う。
最後、畏れ多いが、本書の学術的意義を述べさせていただく。従来、道教の形成に関する研究は、道教を構成した諸要素を辿る傾向が強く、道教全体の像が見えにくいという傾向があった。本書は従来の研究スタイルに執われず、儒道仏三教交渉史の中において、道教の形成及びその思想的展開の諸相を考察している。また、造像記や敦煌文献など新史料の運用と厳密な史料批判に重きを置き、道教の成立過程及び儒教仏教との思想的交渉の諸相を分析可能にしている。これらの点は、研究史上大きな意義を有することであると言えよう。
(紹介文執筆者: 李 龢書 / 2022年8月22日)
本の目次
一、「黄巾」から語る
二、多岐にわたる「道敎」像
三、先行研究槪觀
(一) 道敎經典に關する先行研究
(二) 重玄に關する先行研究
(三) 道敎史に關する先行研究
(四) 老子、老君に關する先行研究
(五) 道敎造像に關する先行研究
四、本書の目的と構成
(一) 本書の目的
(二) 本書の構成
道 篇
第一章 「道」の諸貌 : 東晉南北朝初期道經における「道」を中心に
一、古上淸經系經典に見える「道」と至尊神
(一) 錯綜した複合的修錬法の傳統
(二)『上淸大洞眞經』
(三)『洞眞高上玉帝大洞雌一玉檢五老寶經』
(四)『洞眞太上素靈洞元大有妙經』
(五)『太上三天正法經』
二、古靈寶經系經典に見える「道」と至尊神
(一) 元始舊經
(二) 仙公新經
三、重層的な至尊神體系の形成
第二章 再び「道」へ : 隋代以前における重玄思想について
一、『太玄眞一本際經』における重玄思想について
二、『老子道德經開題序訣義疏』における重玄思想について
三、『道德眞經廣聖義』における重玄思想について
四、『道德眞經廣聖義』に見える重玄思想の二重構造について
五、隋代までのいわゆる「重玄諸子」の重玄説について
六、「道」への回歸
第三章 隋唐初期道敎における般若學の空思想の受容について
一、『太玄眞一本際妙經』「護國品」に見える空思想について
二、『太言眞一本際妙經』「付嘱品」に見える空思想について
三、『太言眞一本際妙經』における空思想の役割
四、新しい動き:『道經義樞』など諸道經に見える空思想について
第四章 三 淸 考
一、『洞玄靈寶眞靈位業圖』をめぐる諸問題
二、南北朝隋唐期道敎經典に見える天界の三淸説と至尊神體系について
三、南北朝隋唐道敎の齋法科儀類經典に現れた至尊神信仰體系の變遷
四、南北朝道敎戒律經典に見える至尊神信仰體系について
五、道敎における三淸信仰體系の成立
敎 篇
第五章 北朝道敎に關する幾つかの考察
一、造像記に見える老君と天尊
(一) 道敎の造像をめぐる諸問題
(二) 南北朝隋代における造像記に見える老君と天尊
A. 造像の數量・年代・場所等について
B. 造像の用語、目的及び研究方法についての再考
二、造像記の反映する北朝期における道敎の發展史
(一) 北齊における天師道
(二) 北周における天師道と南方系道經の影響
(三) 造像記の歴史的意義
三、正史並びに「道敎實花序」に見える老君と天尊
(一)『魏書』釋老志に見える老君の姿
(二)『隋書』經籍志の「道經序」見える老君と天尊
(三) 橋渡しとしてのテキスト :「道敎實花序」
第六章 晉唐佛敎の道敎批判論理の定型化 ――『弘明集』『廣弘明集』を中心に ――
一、『弘明集』に見られる道敎批判について
二、『廣弘明集』に見られる道敎批判について
三、道敎側の反應
四、後世への影響について
第七章 晉唐佛敎の道敎敎理の理解について ――『弘明集』『廣弘明集』を中心に ――
一、『弘明集』に見られる道敎敎理の理解について
(一)『老子』と長生神仙思想について
(二) 道敎と氣化論について
二、『廣弘明集』に見られる道敎敎理の理解について
(一)「笑道論」における道敎敎理批判
(二)「二敎論」における道敎敎理批判
(三)『辯正論』における道敎敎理批判
第八章 道敎・儒敎と王權 ―― 漢唐間における道儒二敎の祭祀儀禮を中心に ――
一、はじめに
二、荀濟の排佛論から語る
三、儒敎における六天説の成立と展開
四、道敎儀禮に見える儒敎六天祭儀の繼承と變容
五、道敎・儒教・王權の競合 : 明代の靈濟宮を中心に
小結「屈服史」再考
終 章
参考資料
三教關連略年表 (東周-五代)
あとがき
索 引
関連情報
第2回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2021年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html