東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

中世キリスト信者の絵画

書籍名

一なるキリスト・一なる教会 ビザンツと十字軍の狭間のアルメニア教会神学

著者名

浜田 華練

判型など

292ページ、菊判

言語

日本語

発行年月日

2022年3月23日

ISBN コード

9784862853615

出版社

知泉書館

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

一なるキリスト・一なる教会

英語版ページ指定

英語ページを見る

「一なるキリスト・一なる教会」というタイトルを掲げているものの、実際のところ本書は、「一」を目指しながら決してそれに届くことのなかった人間の生涯と思想を追ったものである。
 
この本の主人公について述べるには、いささか長い前置きが必要になる。副題に「ビザンツと十字軍の狭間のアルメニア教会神学」とあるが、そもそもアルメニア教会はなぜ「狭間」なのか。ビザンツは正教、十字軍はカトリックであり、両教会の分裂についてはよく知られている。それに対してアルメニア教会は、451年のカルケドン公会議の承認を拒んで分裂した非カルケドン派に属する (この時点で、なぜカルケドン公会議が分裂の原因となったのか、なぜアルメニア教会はカルケドン公会議を承認しなかったのか、ということが気になった人は、ぜひ本書を手に取ってほしい) 。非カルケドン派キリスト教徒たるアルメニア人は、カルケドン派キリスト教国家であるビザンツ帝国と、その敵国 (ササン朝ペルシア、後にイスラ―ム諸勢力) の狭間で独自の信仰を維持してきた。さらに、11世紀末の第一回十字軍の到来によって、東地中海世界に、従来のギリシア系キリスト教徒とムスリムに加えて、ラテン・カトリックという第三の支配勢力が登場した。少数派であるアルメニア人やシリア人などの非カルケドン派キリスト教徒は、宗教的帰属においてはどの陣営とも一致しないが、それゆえにいずれにもつくことができた。アルメニア人貴族の一部は、諸勢力のパワーバランスを巧みに利用しながら自身の勢力基盤を拡大したが、そのことが仇となって、異なる勢力に与するアルメニア人同士が相争うことも珍しくなかった。
 
この混沌とした情勢下で、運悪くアルメニア教会の舵取りを任されてしまった人物が、本書の主人公であるネルセス・シュノルハリ (1100年頃~1173年) である。神学者としても教会指導者としても優れた才能を発揮したが、何よりも文才に恵まれていたネルセスは、同時代のアルメニア人に向けて、自身の最大の武器である言葉を駆使して、「一致」のビジョンを示した。
 
その一方で、ビザンツ帝国が掲げる「正統信仰」に迎合するか抗うかを迫られ、そのどちらでもない第三の道を模索したネルセスは、「神にして人間であるキリストが、いかにして一個の存在たりうるか」という、「一」をめぐる究極の問題へと分け入ることになった。「神」と「人間」との間の存在論上の断絶を超えて、その両者を包摂する「一」となったキリスト。その「キリストの体」たる教会もまた「一」であるべきである。現実世界において「一」がいかに達成困難か身をもって知りながら、そして、権力や武力で勝る存在によって「一」へと埋没させられる危機に常に瀕していた少数派でありながら、ネルセス・シュノルハリはキリストの、そして教会の「一」を模索し続けた。
 
大国の武力行使による暴力的な「一」への統合を現在進行形で目の当たりにしている今だからこそ、このような人物の言葉に耳を傾けてほしい。
 

(紹介文執筆者: 浜田 華練 / 2022年8月5日)

本の目次

序論
 
第1部 ネルセス・シュノルハリの作品と生涯

  第1章 アルメニア人の「離散」とネルセス・シュノルハリの出自
  第2章 ネルセス・シュノルハリの前期著作
  第3章 ネルセス・シュノルハリの後期著作 ―― 「歴史」から「信仰」へ

  第1部まとめ
 
第2部 ネルセス・シュノルハリのキリスト論

  第1章 誰が「合同」を目指したか?―― ビザンツ・アルメニア間の教会合同交渉
  第2章 カルケドンキリスト論と非カルケドン的キリスト論
  第3章 教会合同関連文書におけるネルセス・シュノルハリのキリスト論
  第4章 ネルセス・シュノルハリの宇宙論

  第2部まとめ
 
結論

あとがき
文献一覧
索引

関連情報

受賞:
第2回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2021年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html