年末に帰省した際、実家の家族に校正作業中であった本書の内容について説明を求められた。建築関係者でもなく研究者でもない自分たちにもわかるように簡単に説明してくれとのことなのだが、これがなかなか難しい。できるだけシンプルに、と考えてそこで思い浮かんだのが、本書は「建築は社会を変えることができるのか」という問題をめぐるものである、という答えである。
そもそも本書の内容を簡単に説明するのがなぜ難しいかといえば、まず前提として、[1] 第一次世界大戦と第二次世界大戦のあいだの近代建築運動の展開、とくにそのアメリカ合衆国における受容の問題があり、[2] [1] に関する記述のなかで周縁化されてきた団体としての (本書の主題である) SSAが近年の研究のなかで再評価されつつあり、しかしそれらの既往研究とはまた異なった論点を本書では提出している、といういくらか込み入った事情があるからで、これらは近代建築史の専門家には興味深い問題であっても普通に説明するにはやや冗長である。
というわけで、以上のような前提となる研究背景については本書序章に直接あたっていただくとして、ここでは上述の「建築は社会を変えることができるのか」という問題に絞って本書の紹介をしてみたい。
本書の主題であるSSA (Structural Study Associates) という団体は、1930年代初頭にわずかの期間のみアメリカの建築界に姿をあらわした建築家のグループで、本書ではそのメンバーが雑誌上で発表した記事などを検討対象として、彼らが当時の建築・社会の状況に対しどのように向かい合い、どのような主張を行っていたのかを明らかにしようとしている。
彼らが活動を行なった1930年代のアメリカというのは、1929年に始まる大恐慌による経済的「緊急事態」の時代であるとともに、建築史的には、ヨーロッパからはやや遅れてモダニズムの波が本格的に導入され始めた時期である。SSAの思想とは端的にいえば、モダニズムの有する一側面である産業化やテクノロジーの推進という要素を先鋭化させ (それはたとえば、容易に組み立て・解体可能な住宅による土地からの解放という発想につながる)、それによって社会的・政治的な「革命」――1917年のロシア革命は当時においては身近なものである――とは異なるかたちでの社会変革を成し遂げようとするものだった。
近年の議論との類比でいえば、(左派的な)「加速主義」にも近いこのようなSSAの思想は、(ここでは詳細は省くが) 最終的には必ずしも成功することなく、一種の「挫折」にいたることになる。しかし、その過程で交わされた議論が仮に他人事でなく感じられるとするならば、そこには「建築は社会を変えることができるのか」という古く困難な問いが通底しているからではないかと考えている。
(紹介文執筆者: 印牧 岳彦 / 2023年3月20日)
本の目次
第I部 産業化・コミュニティ・美学――近代建築の三つの立脚点
第1章 摩天楼の都市と建築家の疎外――アメリカ建築界の状況と課題
1 「時―空間」建築をめざして
2 「紙上建築」論争
第2章 産業化とコミュニティ――建築雑誌の変容と近代建築をめぐる二つの立場
1 産業時代の建築
2 「テクニカル・ニュース・アンド・リサーチ」
3 工場生産住宅論争
第3章 「インターナショナル・スタイル」を定義する――MoMA「近代建築」展への道のり
1 建築の没落と再生
2 一九三一年の前哨戦
第II部 エマージェンシーからエマージェンスへ――転換点としての一九三二年
第4章 「インターナショナル・スタイル」への迎撃――SSAの建築思想
1 SSAの登場と『シェルター』の創刊
2 「近代建築」展から「SSAシンポジウム」へ
3 もうひとつの「インターナショナル・スタイル」、あるいはソヴィエト建築の問題
第5章 大恐慌と「産業共産主義」――SSAの社会変革構想
1 緊急事態と発生
2 エンパイア・ステート・アパートメント
3 マルクス主義者との対決
第III部 シェルターか、革命か?――ニューディール期における分岐と相克
第6章 SSAからFAECTへ――建築家と労働組合運動
1 労働者としての建築家
2 ハウジング政策批判
3 資本主義下のハウジング
第7章 モビリティのユートピア――「移動住宅」をめぐる構想と論争
1 トレーラー・フィーバーと「移動住宅」
2 「モービルタウン」への旅
3 モビリティVSコミュニティ
第8章 産業化の二つの戦線――建築生産の理論化とユートピアの行方
1 技術と政治
2 環境制御と文化戦線
3 崩壊するユートピア
終章 反復される問い
関連情報
第3回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2022年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html