東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

白い表紙、中央に横一文字の黒系のライン

書籍名

流動する人文学 ハイデッガーの超越論的な思索の研究 『存在と時間』から無の形而上学へ

著者名

丸山 文隆

判型など

336ページ、A5判変形、上製

言語

日本語

発行年月日

2022年6月15日

ISBN コード

978-4-86528-084-5

出版社

左右社

出版社URL

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ハイデッガーの超越論的な思索の研究

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ドイツの哲学者マルティン・ハイデッガーは1927年に著書『存在と時間』を公刊したが、この著作は二分冊のうちの「前半部」にすぎず、その最大の課題である「存在の意味への問い」はいまだ本格的に取り扱われてはいなかった。ところが、直後に行われた諸講義の記録は、「後半部」執筆を目指す彼の思索が順調なものでなかったことを示唆している。1929年に彼は三つの著作を公刊するが、この時点で「後半部」執筆をもはや断念していたのだとされる。
 
従来の研究のほとんどは、以上の経緯をハイデッガーにおける「超越論的」問題設定の破綻として理解してきた。すなわち、『存在と時間』(前半部) は、伝統的な主観性の哲学に強く反対してあらたにわれわれの存在構造を「世界内存在」として剔抉するものであったにもかかわらず、その「存在の意味への問い」という問題設定は I・カントや E・フッサールの超越論的思索の残滓であって、そうした問題設定のもつ内的な限界のゆえに、ハイデッガーはこの著作の完結を断念したのだ、というわけである。
 
これに対し、本書『ハイデッガーの超越論的な思索の研究』は次の三つのことを主張する。(1)『存在と時間』はカントやフッサールから超越論的問題設定を継承したために内的不整合に陥ったというわけではなく、むしろこの著作は超越論的問題設定を中心にした整合的かつ魅力的な思索を提示するものとして理解されるべきである。(2)『存在と時間』直後においてハイデッガーが超越論的問題設定への疑念を急速に強めていったのは事実だが、しかし1929年の諸著作はいまだ超越論的な思索から離反したものではなく、やはりこの問題設定の枠内で整合的に理解されうる。(3) たしかにハイデッガーはその後はっきりと超越論的問題設定から離反することになるのだが、それでもそのことによってこの問題設定の内的な限界が明らかになったわけではない。すなわち、彼の思索の痕跡はいまだ超越論的な思索一般の致命的な問題を示すものとはいえないのであって、ハイデッガーの超越論的な思索は現代においても十分魅力的なものでありうる。
 
本書の著者は、研究対象であるハイデッガーから、哲学史を研究するとはどのようなことかを学んできた。それは、哲学史研究においては、「なぜこのようなことになったのか」(事実) を明らかにするというだけでなく、「ほんとうにこのようになるべきであったのか」(内的必然性) ということを、研究者自身の思索において決断しなければならないということである。したがって、本書の著者は、ハイデッガーの思索の歩みの途上において超越論的問題設定の内的破綻が明らかになった、という哲学史の通説を、みずからの思索において追跡することを試みた際に、この問題設定の何らかの内的な限界が見つかるに違いないという見通しを、当然のものとして持ちつづけることがもはやできなかったのである。
 

(紹介文執筆者: 丸山 文隆 / 2022年11月25日)

本の目次

序論
 
第一部 『存在と時間』は何をどこまで明らかにしたのか
 第一章 『存在と時間』における超越論的問題設定について
 第二章 『存在と時間』における時間性論について
 
第二部 存在の意味への問いと有限性
 第三章 存在論的な学と有限性の問題
 第四章 超越の問題の先鋭化
 第五章 超越論的な思索の道と存在論の存在者的基礎
 
第三部 超越論的な思索と無の形而上学
 第六章 「哲学入門」講義と「根拠の本質について」とにおける超越の問題
 第七章 無の形而上学
 
結論
 
文献表
索引

関連情報

受賞:
第3回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2022年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
 
書評:
黒岡佳柾 評「ハイデッガーを自らに憑依させつつ、カントとの対決から有限性と超越論性の根底に潜む「無」へと至る道を走破する力作」 (『図書新聞』3567号 2022年11月19日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3567
 
稲田知己 評 (『週刊読書人』3453号 2022年8月19日)
https://jinnet.dokushojin.com/products/3453-2022_08_19
 
刊行記念選書リスト:
「丸山文隆『ハイデッガーの超越論的な思索の研究:『存在と時間』から無の形而上学へ』刊行記念フェア・ブックリスト」 (左右社note 2022年9月1日)
https://note.com/sayusha/n/nc950ab9c77f7
 
刊行記念イベント:
丸山文隆×石井雅巳「〈存在の意味への問い〉をめぐって」『ハイデッガーの超越論的な思索の研究:『存在と時間』から無の形而上学へ』(左右社)刊行記念 (オンライン[主催: 本屋B&B] 2022年8月17日)
https://bookandbeer.com/event/bb20220817a/
 
関連論文:
「ハイデッガーの『存在と時間』に基づく生と死の理論」 (『死生学・応用倫理研究』27巻 pp. 93-115 2022年3月15日)
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/2003705#.Y3reUXbP2Uk