東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

黄色い表紙、人物の横顔と植物のようなものの抽象的なイラスト

書籍名

ジョージア近代文学のポストコロニアル・環境批評

著者名

五月女 颯

判型など

336ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2023年1月

ISBN コード

978-4-86520-062-1

出版社

成文社

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近年、ジョージア (グルジア) への注目が徐々に高まってきている。とはいえ、ジョージアがどこにあるか正確に把握している人はどれだけいるだろうか?
 
ジョージアは、ロシアの南に位置する黒海に面した国である。したがって、当時南下政策をとっていたロシア帝国によって19世紀初頭に植民地化された――ジョージア人はこうした言い方を好まないが――歴史を有し、ソ連時代と、その崩壊を経て今日に至るまで、ロシアの影響を受け続けている。本書は、ロシアとのそうした帝国主義的・植民地主義的な関係を念頭に置きつつ、19世紀後半のジョージア文学の作家・詩人がロシアとの関係をいかに捉え、描いたのかを論考するものである。文学研究にかんして言えば、従来の研究は専らロシア語テクストを主としたものであったが、本研究はジョージア語テクストを対象とすることで、「被支配者から見返す眼差し」というものを探る、ポストコロニアルな関心に基づく試みである。
 
本書の第1部では、「ジョージアの父」とも言及される知識人イリア・チャヴチャヴァゼ (1837–1907) の特に初期作品に注目して分析している。彼はジョージア人の子弟がロシア留学を始めた最初の世代にあたるが、留学からの帰国の途を書いた旅行記風の作品『旅行者の手紙』(1861–71) では、ロシア帝国による支配を正当化するイデオロギーである「現地人の啓蒙」という言説を、西欧 (作中ではフランス) と比較した時、ロシア自体がそれに足りるほど啓蒙されていないと指摘することで突き崩している。
 
とはいえ、彼はその言説に対抗するために反啓蒙のような立場をとっているわけではなく、むしろ啓蒙 (すなわち近代性) をロシアの支配からの解放の手段として考えている。同時期の中編小説『彼は人か?!』(1863) では、教育を受けておらず、食べては寝てばかりのジョージア人貴族の生活が諷刺され、啓蒙=教育の重要性が声高に述べられる。このような、支配者の言説をある種逆手に取る戦略は、たとえばポストコロニアリズムの理論家ホミ・バーバが述べるような「擬態」の一例として捉えることができるだろう。
 
しかしながら、こうした対抗言説にもまた問題点がある。すなわち、このように啓蒙や近代性を強調する言説は、啓蒙されているか / いないか、といった点を評価基準とした階層構造を、自他の間に再び構築してしまうのである。こうした態度はヨーロッパ中心主義や自民族中心主義 (エスノセントリズム) と地続きであり、そしてこれらはポストコロニアリズムが批判するそのものでもある。
 
こうした問題意識のもと、本書の第2部では環境批評や動物批評といった、近年注目を集めている比較的新しい文学研究の理論を用い、チャヴチャヴァゼと同時代の詩人ヴァジャ=プシャヴェラ (1861–1915) の叙事詩『蛇を食べた者』(1901) について論考を進めている。詩は、主人公が自殺を企図し蛇の肉を食べるも、死の代わりに自然の言葉を理解する能力を得るという物語であり、それがどのように上記の問題と関連するのか……といったところは、規定の文字数がきてしまったので、実際に読んで確認していただきたい。
 

(紹介文執筆者: 五月女 颯 / 2023年3月3日)

本の目次

第一部 知識人イリア・チャヴチャヴァゼと植民地ジョージア
 
 第一章 序論──ロシアの「東洋」としてのジョージア
  1 ジョージア文学の練習曲
  2 ロシア文学のポストコロニアル批評
  3 ジョージア文学のポストコロニアル批評
 第二章 『旅行者の手紙』のパロディ、アイロニー
  1 イリア・チャヴチャヴァゼと『旅行者の手紙』
  2 オリエンタリズムの転倒
  3 植民地主義へのアイロニー
 第三章 『旅行者の手紙』の地詩学
  1 ジョージア・ロマン主義の地詩学的戦略
  2 地詩学の利用法
 第四章 二人の怠け者
  1 『彼は人か⁈』と『オブローモフ』
  2 ルアルサブの周囲と歴史的コンテクスト
  3 教育=啓蒙
 第五章 内と外の植民地
  1 『オブローモフ』の物語構造
  2 『彼は人か⁈』の物語構造
  3 対位法的読解
 
第二部 ヴァジャ゠プシャヴェラとポストコロニアル・環境 / 動物批評
 
 第六章 ポストコロニアル・環境/動物批評
 第七章 「あらゆるものに舌がある」
  1 ヴァジャ゠プシャヴェラと叙事詩『蛇を食う者』
  2 蛇・カジ
  3 自然の声が聞こえること、あるいは自然が声を発すること
  4 花・麦穂の自己供犠
  5 「もう聞こえない」
 第八章 死の贈与
  1 自己供犠の由来
  2 デリダの贈与論・キリスト教論
  3 麦穂の死の贈与とエコトピア
 第九章 パンヒューマニズムの作家たち
  1 擬人法
  2 パンヒューマニズム
  3 同時代性
 第十章 結論──イリアとヴァジャ
 
 付録 旅行者の手紙──ヴラジカフカスからトビリシまで
 あとがき
 初出一覧 / 参考文献 / 人名索引

関連情報

受賞:
第3回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2022年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
 
関連講座:
NEW「19世紀ジョージア文学・ロシアとの闘い」 (朝日カルチャーセンター 2023年6月3日)
https://www.asahiculture.jp/course/shinjuku/3e8f942b-b032-2741-de67-63be8f292998

朝カル講座「ジョージアから見たロシアのウクライナ侵攻」 (朝日カルチャーセンター 2022年6月25日)
https://www.asahi.com/corporate/info/14633072