東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

茶色い表紙

書籍名

旧石器狩猟採集民の環境適応史

著者名

小原 俊行

判型など

330ページ、B5判

言語

日本語

発行年月日

2023年3月31日

ISBN コード

9784886219015

出版社

同成社

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旧石器狩猟採集民の環境適応史

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本書の目的は人類の活動痕跡である考古学的資料と、古環境変遷や地形発達史などの自然環境に関する資料を総合して論じることによって、旧石器時代の人類の環境適応の過程を説明することにある。
 
遊動型狩猟採集民と考えられる旧石器時代の人類社会の変化を考える上で、彼らの置かれた自然環境の変遷は重要な要素の一つである。そのため、両分野の時間的対応関係を精確に把握することが求められる。また、日本では半世紀近くに及ぶ大規模開発に伴う発掘調査よって得られた膨大な量の考古学的・自然科学的資料の蓄積があり、世界に類を見ない精度で研究することが可能である。
 
本書で対象とした関東平野北西部は、現在の群馬県内である赤城山南麓を中心とした地域である。本地域では考古学的資料と古環境分析事例の両側面において、膨大な量の情報が蓄積されている。そのため、本書での課題は、(1) モデル偏重型の演繹的説明でもなく、些末な実証主義的研究でもない、豊富な考古学的資料によって担保された、広域―局地の両端を横断可能なシナリオの提示と実証、(2) 自然科学分野の知見も取り入れた人類の環境適応史の総合的研究と捉えた。この2つの課題を議論するにあたり、特定地域に精通しながらも、広域的な視点を常に考慮して研究を進めることによって、日本国内における今後の地域研究の1つの在り方を示した。
 
自然環境の時空間的変化を確認するにあたり、花粉化石と植物珪酸体の分析例、哺乳動物化石の産出状況、主要な地域・河川流域の地形発達史について整理した。また、環境変遷と石器編年を実年代で比較するために、当該地域で検出されるテフラ等の降下年代を整理した。
 
石器群の編年観については、遺跡を単位として個々の石器の系統関係を追究して編年を再構築した上で、復原した古環境変遷や周辺地域の編年観との対比を行った。その結果、石器群の継続期間と地域適応の過程が地域間で異なること、石器の形態的多様性が生み出される背景には (1) 広域に認められる石器の形態変化と (2) 各地域の諸資源の利用形態に基づいた局地的な変異という、異なる位相の変化・変異があることを示した。
 
最後に、これまでの分析を踏まえて、本地域における後期旧石器時代の狩猟採集民の居住形態の変遷を説明した。これにより遺跡数の増減という考古学的現象を、遊動型狩猟採集民が環境に適応して生業戦略や居住形態を変化させた結果として捉えることが可能となった。また、大規模尖頭器製作跡などの特徴的な遺跡が形成される背景には、環境変遷や石器製作技術、居住形態の変化など、当該期の自然・社会的環境の変化が複合的に関連していることを示した。
 
旧石器時代の石器群の変化は、動植物相の変化などの自然環境の変動を背景として、それに適応するための生業戦略・居住形態の変化といった当該期の狩猟採集民の行動と連動している。本書のように、旧石器時代の狩猟採集民と当該期の自然環境の変遷との対応関係を踏まえて議論することは、出土遺物がほとんど石器に限られる本国の旧石器研究に大いに寄与すると考えられる。
 

(紹介文執筆者: 小原 俊行 / 2023年4月14日)

本の目次

はじめに
 
第1章 先行研究の検討と問題の所在
1-1. 編年研究
 (1)「群馬編年」の成立した背景と問題点
 (2) 二極構造論・二項モード論を基にした編年観
  a. 後期旧石器時代前半期
  b. 後期旧石器時代後半期
1-2. 問題の設定と本論の目的
 (1)「群馬編年」に関する問題点
 (2) 後期旧石器時代前半期における問題点
  a.「IX 層中部段階」の整合性
  b. 台形様石器 II 類と石刃サポートの共伴関係
 (3) 後期旧石器時代後半期における問題点
  a. 編年の根拠について
  b. 遺跡数の激減に関する問題
 (4) 本論の目的
 
第2章 分析方法
2-1. 石器製作技術の構造と石器の系統を捉えるための概念
 (1) システム論的進化・発展観
 (2) 二極構造論
 (3) 系統的相同・機能的相似
 (4) 技術的互換性・親和性
 (5) 系統的個体識別法
2-2.狩猟採集民の行動に関わる概念
 (1) 居住形態論
 (2) 生業領域・移動領域
 (3) 機能態・待機態
2-2. 小結-石器から何を読み取るのか
 
第3章 関東平野北西部の地理的環境について
3-1.「関東平野北西部」の地理的範囲と地形
3-2. 関東平野北西部周辺の資源分布構造
3-3. 小結-分析単位としての「関東平野北西部」
 
第4章 関東平野北西部の地形発達史と古環境変遷
4-1. 検出されるテフラと降下年代について
 (1) AT 下位のテフラ
 (2) AT 上位のテフラ
 (3) 各テフラ間の年代
4-2. 地形発達史
 (1) 利根川扇状地と前橋泥流堆積物
 (2) 利根川の河道の変化
 (3) 赤城山と大間々扇状地
 a. 赤城山
 b. 大間々扇状地
 c. 赤城山南麓と大間々扇状地の地形と遺跡の立地について
 (4) 関東平野北西部の地形発達史
4-3. 古環境復原
 (1) 気候変動の年代観
 (2) 後期旧石器時代の植生変遷と古環境復原
  a. 日本列島における花粉分析に基づいた古環境変遷
  b. 湖沼堆積物を基にした古環境変遷
  c. 関東平野周辺域の古環境変遷
  d. 小結
 (3) 関東平野北西部の植生変遷と古環境復原
  a. 植物珪酸体分析
  b. 花粉分析
  c. その他
  d. 小結
4-4. 動物相
4-5. 小結-関東平野北西部の地形発達史と古環境変遷
第5章 石器群の編年観
5-1.関東平野周辺域における石器群の編年観
 (1) 後期旧石器時代前半期
  a. 関東地方
  b. 東北地方
  c. 中央高地
  d. 環状ブロック群
 (2) 後期旧石器時代後半期
  a. 後半期前葉
  b. 後半期中葉
  c. 後半期後葉から縄文時代草創期前半
 (3) 各段階の実年代
5-2. Hr-HA~AT (36-30 ka cal BP) 間の編年
 (1) Hr-HA~AT 下暗色帯-1:36-32 ka cal BP
 (2) Hr-HA~AT 下暗色帯-2:36-32 ka cal BP
 (3) Hr-HA~AT 下暗色帯-3:32-30 ka cal BP
 (4) Hr-HA~AT 下暗色帯-4:32-30 ka cal BP
 (5) AT 前後:30 ka cal BP
5-3. AT~As-YP (30-16 ka cal BP) 間の編年
 (1) AT~MP:30-28 ka cal BP
 (2) MP~As-BP Group (As-Mt1~11) :28-27 ka cal BP
 (3) As-BP Group (As-Mt1~11) :27-24 ka cal BP
 (4) As-Sr~As-Ok Group:24-21 ka cal BP
 (5) As-Ok Group~As-YP-1:21-19 ka cal BP
 (6) As-Ok Group~As-YP-2:20-16 ka cal BP
 (7) As-YP~:16- ka cal BP
5-4. 小結-関東平野北西部における石器群の編年観と古環境変遷との対応関係
 (1) 石器群の編年と年代観
  a. 後期旧石器時代前半期
  b. 後期旧石器時代後半期
 (2) 古環境変遷との対応関係
  a. 後期旧石器時代前半期
  b. 後期旧石器時代後半期
 
第6章 関東平野北西部における旧石器狩猟採集民の居住形態の変遷
6-1. 36-32 ka cal BP
6-2. 32-30 ka cal BP
6-3. 30-27 ka cal BP
6-4. 27-24 ka cal BP
6-5. 24-19 ka cal BP
6-6. 20-15 ka cal BP
 
第7章 旧石器時代の狩猟採集民の環境適応史の復原に向けて
資料編 関東平野北西部の石器群
1. Hr-HA~AT (36-30ka cal BP) の石器群
 (1) Hr-HA~AT 下暗色帯-1:36-32 ka cal BP
 (2) Hr-HA~AT 下暗色帯-2:36-32 ka cal BP
 (3) Hr-HA~AT 下暗色帯-3:32-30 ka cal BP
 (4) Hr-HA~AT 下暗色帯-4:32-30 ka cal BP
2. AT~As-As-YP (30-16ka cal BP) の石器群
 (1) AT~MP:30-28 ka cal BP
 (2) MP~As-BP Group (As-Mt1~11) :28-27 ka cal BP
 (3) As-BP Group (As-Mt1~11) :27-24 ka cal BP
 (4) As-Sr~As-Ok Group:24-21 ka cal BP
 (5) As-Ok Group~As-YP-1:21-19 ka cal BP
 (6) As-Ok Group~As-YP-2:20-16 ka cal BP
 (7) As-YP~:16- ka cal BP
 
引用文献
図版出典
 
おわりに

関連情報

受賞:
第3回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2022年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html