東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

「明治33年日本橋をいく東京馬車鉄道上野行」の写真

書籍名

首都の議会 近代移行期東京の政治秩序と都市改造

著者名

池田 真歩

判型など

384ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2023年3月29日

ISBN コード

978-4-13-026612-3

出版社

東京大学出版会

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首都の議会

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東京の議会のはじまりを描く、それを通じて議会内外の人々が生きた時代の転換期をのぞきこむ、ということを、試みたのが本書です。明治維新によって、「将軍のお膝元」から「輦轂の下」の都市となった江戸―東京。同地が物理的そして政治的に変貌していくなかで、その重要な一側面をかたちづくった議会――その前身もふくめれば、(江戸町会所の後身である) 東京会議所、東京府会、そして東京市会――の起伏に富んだあゆみを、30数年間にわたってたどりました。
 
本書の始点と終点を見比べると、いうまでもなく東京は様変わりしています。表紙に使ったのは、日本橋から銀座方面へとのびる東京屈指の大通りを撮った明治33 (1900) 年の写真ですが、そこに映しだされた鉄道馬車、電柱、煉瓦造りの時計塔といった要素は、当然どれも30数年前には存在しませんでした。都市の物理的環境は修繕を重ねて維持されるべきものから、維持のかたわら近代化を目指して改造されるべきものに変わっていきました。
 
その維持・改造のプランを決め、住民に負担を課す公権力のありかたも、この間に激変しました。江戸ではたとえば町地であれば、個々の町がおのれの空間をおのれの費用と労力によって維持し、町奉行所はごく限られた人員でそれを監督してきました。しかし、このような細分化された空間維持の体制は、身分制の解体とともに崩れます。これに代わって現代人にはよりなじみ深い、都市全域を踏み込んだ形で統括する機構が整備され、東京を支える任を引き受けていく。その一翼を担ったのが、ほかならぬ議会だったわけです。 
 
この時期の東京の議会が私にとって面白いのは、その内外で生じた様々な衝突や動揺に、日本社会が近代へと歩を進めていく時代の特質が凝縮されているからです。
 
本書の前半では、近世的な要素と近代的な要素の一筋縄ではいかない絡みあいが、そこかしこで生じます。江戸市中の地主から徴収する七分積金を運用してきた江戸町会所を改組し、新たな土木事業の体制をつくりだそうとする試みには旧町名主が深くかかわりましたし、全国的な施策を待たずに東京会議所を公選議会化しようと奔走したのは、名うての旧藩士や旧幕臣たちでした。東京府会が開設されると、税金をおさえつつも都市改造を進めたい知識人議員は旧積金に活路を見出し、あくまで窮民の救済に用いるべきだと信じる旧町人議員と対立します。その足下の地域では、出自の多様な男性有産者が、「区」という新たな単位の住民として社会的・政治的に結集しはじめます。
 
これに対して本書の後半では、近世的な要素が後景にしりぞく一方で、より本格的な近代化ともいえる産業革命のインパクトが東京をのみこみ、同地の議会を揺さぶります。人口流入、土地の商品化、市内鉄道の出願競争、そして都市行財政の膨張――。近代的なインフラストラクチャーが、政府が押し付けるものから人民が必死に追い求めるものとなっていく全国的な趨勢と同期しつつ、一連の変化は加速し、都市間競争に打ち勝つには増税をいとわぬ「都市経営」待ったなしだという意識が広がりました。首都の改造事業を「速成」する必要が叫ばれ、それまでむしろ事業の過大さを批判する声を代弁してきた東京市会は、「市政不振」の元凶として糾弾されます。高まる不満と錯綜する利害関係に東京進出のチャンスを見て取ったのは、農村から勢力を広げようとする自由党 (→立憲政友会) でした。しかしながら一度は市会を支配した同党も、予想を超える動員力をそなえた住民の反発に直面していくのです。
 
本書は、議会が何を達成したかよりも、その内外で対立や葛藤がどのように発生・増幅したかに焦点をあわせています。本書がとらえた「東京の議会のはじまり」とはつまるところ、議会政治や地方自治をめぐる〈ゲーム〉の〈ルール〉が確立されていなかったうえ、資本主義化が進行しつつある時代にあって、首都に置かれたひとつの政治舞台が存在感と統御の困難性をふたつながら上昇させていくプロセスでした。そのプロセスが、東京の歴史に関心がある方はもちろん、今日の議会政治に対して期待・不満・不可測性を様々に感じている方の興味も惹くことを、著者として願っています。
 

(紹介文執筆者: 池田 真歩 / 2023年4月28日)

本の目次

序章 首都が議会をもつとき
 近代化の二つのモメント──議会制の導入と産業革命  
 〈「民力休養」から「積極主義」への移行〉をめぐって  
 首都かつ大都市としての東京  
 先行研究  
  日清戦後──市政腐敗の歴史的起源 
  日清戦前──改進党の議会、ブルジョワジーの議会 
 分析視角  
  都市改造の政治過程 
  〈政〉と〈商〉、〈市〉と〈区〉──議会内外の集団と団体 17
 本書の構成  
 
第一章 実業家なき議会の出発──明治初年の江戸町会所・東京会議所・東京府会
 はじめに  
 第一節 〈富商の会議体〉をめぐる模索  
  1 幕末維新期の町会所 
  2 町会所の「会社」化構想 
  3 会議所の設立と「会議」専門家の招聘 
 第二節 連携する実業家と言論人  
  1 前期会議所の機構的特徴 
  2 渋沢栄一と福地源一郎の参入 
  3 会議所改革の試み 
  4 会議所の解散、東京商法会議所・東京府会の開設 
 第三節 「政事」と「商業」の分立へ  
  1 福地主導・渋沢不在の深い 
  2 連携維持の模索──グラント歓迎企画と「町会所」建設構想 
  3 試金石としての府債募集 
  4 福地の挫折と市区取調の始動 
 おわりに  
 
第二章 「民力休養」時代の都市改造──明治一〇年代二〇年代初頭の東京府会
 はじめに  
 第一節 「改進党支配」の実勢と共有金問題  
  1 言論人議員と旧町人議員 
  2 共有金の再定置――「救恤の一途」への回帰?
 第二節 共有金使途の転換過程  
  1 前哨──明治一三年度臨時府会 
  2 動揺──明治一四年度臨時区部会 
  3 転機──明治一四年度通常区部会 
  4 決着──明治一四年度通常区部会(続)・明治一五年度通常区部会 
 第三節 始動前夜の市区改正事業  
  1 「漸次良好ノ方法」の時間スケール 
  2 元老院の道路=「華美」論 
  3 退けられた民間事業構想(一)──水道会社 
  4 退けられた民間事業構想(二)──市街鉄道 
 おわりに  
 
第三章 区民団体の政治機能──区政の始動と富裕住民
 はじめに  
 第一節 再定義される地主の公的責務  
  1 地主・名主・家守──江戸の町方支配における変質と持続 
  2 〈地主の町〉再興の挫折 
  3 区の「有志」者としての富裕住民──公立小学校の建設 
 第二節 府会指導者の区政参入  
  1 「一区ヲ以一個ノ町村ト看做シ候」 
  2 「有志」区民と言論人の邂逅 
 第三節 公民団体の叢生  
  1 区政相談会から区事業団体へ 
  2 「予選」と「公民」 199
 おわりに  
 
第四章 「経営」と「速成」の時代へ──明治二〇年代三〇年代初頭の東京市会
 はじめに  
 第一節 東京市会の開設──首都の議会の持続と変質  
  1 東京府区部から東京市へ 
  2 市区改正事業・市制特例廃止運動の始動 
 第二節 官民対立の昂進  
  1 明治二四年の転換──「道路拡張」の暫時「停止」 
  2 区会・公民団体の運動参加 
  3 府知事との衝突 
 第三節 加速する資本の運動、噴出する利益、立ち惑う市会  
  1 市街鉄道の出願競争 
  2 変わりゆく市会外の論調 
  3 明治二九年の転換──「市区改正道路速成」 
  4 実業家不在の代償 
 おわりに  
 
第五章 政治焦点化する首都の自治──星亨進出後の東京市会
 はじめに  
 第一節 星亨の市会入り  
  1 明治三二年六月市会議員選挙 
  2 市街鉄道の民有へ 
 第二節 市会と区会・公民団体の衝突  
  1 市会議員に対する牽制 
  2 市街鉄道市有運動の展開 
  3 都市改造の新局面とその限界 
 第三節 「不振」「腐敗」「刷新」──東京市政像の成立  
  1 「学政統一」の提起 
  2 反「学政統一」運動から東京市公民会の結成へ 
  3 星亨死後の東京市政 
 おわりに  
 
終章 明治東京の政治空間
 総括──議会政治の始動、産業革命の衝撃  
 含意──利益・政党・地方自治  
 展望──東京市政から東京都政へ  
 
付録 (関連年表/表/東京市15区地図)
あとがき

関連情報

受賞:
第3回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2022年) 
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html

第49回/2023(令和5)年度 藤田賞 <奨励賞> (公益財団法人 後藤・安田記念東京都市研究所 2023年8月)
https://www.timr.or.jp/research/fujita_award.html

第45回 サントリー学芸賞〔思想・歴史部門〕 (サントリー学芸賞 2023年11月14日)
https://www.suntory.co.jp/news/article/14496-1.html

著者コラム:
【サントリー学芸賞受賞記念!】江戸が東京となり、東京に議会ができる――『首都の議会』に寄せて/池田真歩 (東京大学出版会『UP』611号 [2023年9月発行] より 2023年11月15日)
https://note.com/utpress/n/nbf277d71b937

業績検討会:
海野大地「池田真歩氏の業績検討」[検討文献: 池田真歩『首都の議会――近代移行期東京の政治秩序と都市改造』(主に第2章・第4章・第5章)] (オンライン[日本史研究会近現代史部会] 2023年4月29日)
https://www.nihonshiken.jp/category/sig/modern/

書評:
藤野裕子 評 書評 (『朝日新聞』 2023年7月1日)
https://www.asahi.com/articles/DA3S15675688.html

苅部 直 (政治学者・東京大教授) 評 「地域の政治 党派と一線」 (『読売新聞』 2023年6月18日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20230619-OYT8T50035/