東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

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書籍名

インド学仏教学叢書 チベットにおける刹那滅論証の伝承 Pramāṇaviniścayaの注釈書を中心に

著者名

崔 境眞

判型など

296ページ

言語

日本語

発行年月日

2023年3月30日

ISBN コード

978-4-7963-0327-9

出版社

山喜房佛書林

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チベットにおける刹那滅論証の伝承

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仏教には、すべてのものは常に変化しており、固定された姿で持続するものは存在しないという教えがある。これを「諸行無常」という。一番分かりやすいのは人の心である。世間では、宗教的信念、目標に向かった覚悟、他人に対する信頼、愛する人との連帯感など、変わらないことを前提にした様々な心が深く考えることなく語られる。しかし実際には、心の状態は知らぬ間にうつろい、多方面に広がる。また、机やパソコン、椅子などの物体も、時間が経つにつれ劣化し、その機能を失い、やがて壊滅する。人はこれらのモノに不変性を求め、執着するが、例外なくその無常性を目の当たりにし、多かれ少なかれ苦しむことになる。「諸行無常」の教えは、我々が諸事物に対する執着を断ち、苦しみから離れるために説かれる。
             
この教えは仏教思想史の中で哲学的に深められていった。人間の認識領域を超えた一瞬の間 (=刹那) にモノは生じ滅するという教理、つまり「刹那滅」という思想として、仏教学者たちの間で論じられるようになる。この「刹那滅」は人間の認識を超えた一瞬の出来事なので、我々凡夫には論理的に認識することしかできない。このようにして登場する、刹那滅の推理が本書で取り上げる「刹那滅論証」である。
 
本書はインドで活躍した仏教学僧ダルマキールティ (Dharmakīrti, ca. 600–660) による刹那滅論証を軸とし、彼の著作Pramāaviniścaya (『正しい認識についての疑いを断ち切り決定する』) に対して、チベット仏教の一派であるカダム派 (bKa' gdams pa) の学僧が著した諸注釈を辿り、思想的な変化・発展の過程を解明したものである。
 
インド仏教の刹那滅論証については1960年代から、多数の先行研究があるが、チベット仏教の刹那滅論証については十分に研究されてこなかった。従来、11世紀から14世紀頃まで活動したカダム派の書物は散逸したと伝えられており、現代の研究者に利用可能な資料が限られていたからである。
 
しかし、2000年代にカダム派の文献群が発見され、『カダム全集』として出版された。これによって、カダム派の思想を直接、確認することが可能となった。本書が力点を置くのは主に『カダム全集』所収の新出資料である。それらを用いて、11世紀以降のチベットで刹那滅論証に関する解釈がどのように変化したかを考察した。
 
一つの思想が起こる。時を経てそれが語られる地域が変わり、言語が変わる。そのうちに、何百年もの歳月を経て、思想は当初の意味を超えた新たな意味を持つようになり、さらには、他の概念と結び付くことで適用範囲を広げる。刹那滅思想もこのようにして発展を遂げた。本書はその過程の一端を明らかにしている。
 

(紹介文執筆者: 崔 境眞 / 2023年5月19日)

本の目次

はじめに
 0. 1 ダルマキールティの刹那滅論証
 0. 2 問題の所在           
 0. 3 本書の構成           
 
第1章 先行研究概観
 1. 1 刹那滅の論証式
 1. 2 先行研究
 
第2章 カダム派の刹那滅論証理解
 2. 1 ゴク・ロデンシェーラプ     
  2. 1. 0 生涯と『量決択』の翻訳
  2. 1. 1 「不依存の証因」の位置付け
  2. 1. 2 「拒斥する論理」の位置付け
  2. 1. 3 「全ての主題」に対する無常性の成立
  2. 1. 4 ロデンシェーラプのダルモーッタラ批判
  2. 1. 5 まとめ
 2. 2 チャパ・チューキセンゲ
  2. 2. 1 科文からみた刹那滅論証全体の構造          
  2. 2. 2 刹那滅論証法に関するチャパの理解
  2. 2. 3 まとめ
 2. 3 ツァンナクパ・ツンドゥーセンゲ
  2. 3. 1 科文からみた刹那滅論証全体の構造          
  2. 3. 2 ツァンナクパのダルモーッタラ理解          
  2. 3. 3 ツァンナクパのダルモーッタラ批判          
  2. 3. 4 ツァンナクパの刹那滅論証方法の理解
  2. 3. 5 まとめ           
 2. 4 チュミクパ・センゲペル
 2. 5 チョムデンリクペーレルティ
  2. 5. 1 2種の論証因の関係について
  2. 5. 2 ダルモーッタラおよび他の注釈者の解釈について
  2. 5. 3 まとめ
 2. 6 プトゥン・リンチェントゥプ
 
第3章 サキャ派の刹那滅論証理解
 3. 1 カダム派とサキャ派の間における思想の継承,そしてチョムデンレルティの再評価
  3. 1. 1 ツルトゥン (ca. 1150–1210,カダム派)
  3. 1. 2 サキャパンディタ (1182–1251,サキャ派)
  3. 1. 3 ウユクパ (?–1253,サキャ派)
  3. 1. 4 チョムデンレルティ (1227–1305,カダム派) の再評価
 3. 2 ボドン・ジャムペーヤン・ショレワ
 
第4章 ゲルク派の刹那滅論証理解
 4. 1 ギェルツァプ・ダルマリンチェン
  4. 1. 1 『密意解明』に見られる見解
  4. 1. 2 『解脱道解明』に見られる見解——ekanivṛttyānyanivṛttiḥ と「拒斥証因」     
  4. 1. 3 まとめ
 4. 2 その他のゲルク派の論理学文献に見られる理解
 
結論
 
テクスト・和訳
Tshad ma rnam par nges pa’i ’grel bshad yi ge dang rigs pa’i gnad la ’jug pa’i shes rab kyi ’od zer (ff. 122a5–130a2)
凡例
テクスト
和訳
 
略号表および参考文献表

関連情報

受賞:
第3回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2022年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html