東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

白い表紙にカラフルな丸とボーダーの抽象画

書籍名

学校運営と父母参加 対抗する《公共性》と学説の展開

著者名

葛西 耕介

判型など

640ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2023年4月14日

ISBN コード

978-4-13-056238-6

出版社

東京大学出版会

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学校運営と父母参加

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公教育において「親」(保護者) はどういう位置を占めるのであろうか。親は、学習指導要領に沿って各学校が実施している学校教育の内容を拒否したり、ブラック校則の改正を求めたり、わが子に与えたい教育内容について学校に要求をしたりすることはできないのであろうか。日本にそんな親はいない?それは、日本では公教育は、さらに言えば、「学校運営への父母参加」に焦点化されている「私事性と公共性の問題」は、どのようなものとして理解されてきたからであろうか。本書はこうした法的、思想的な問題を扱っている。「学校運営への父母参加」は、教育学の知見だけでは到底解くことのできないテーマである。その意味では、本書は、教育学を専門とする者というよりもむしろ、そのほかの社会科学を学び研究する者に読んでほしい図書である。
 
さて、本書の直接の主題は、戦後初期から現在に至る「学校運営への父母参加」についての諸学説を検討することで「親の教育権」の類型をめぐる対抗を学説史的に明らかにして、「学校運営への父母参加」論の通時的・共時的展開を構造化することである。こうした本書の学術的意義は、この点での戦後の日本の学説展開を初めてトータルに明らかにした点にある。また、コミュニティスクール政策が進められている教育行政・学校経営現場に対する示唆を有し、さらに言えば、親が排除されている日本の公教育のあり方に反省を迫る点で現実社会にレリバンスのある、重要な研究である (はずである)。
 
本書の研究上の独創性としては、「学校運営への父母参加」の学説を類型化するにあたり、その学説が立脚する《公共性》によって腑分けをした点である。ここで《公共性》とは、相互に切り離された諸個人からなる近代社会においてその共同性を構築する際の媒介に何を置くかを示す概念である。通常用いられる、[1]《国家的公共性》、[2]《市場的公共性》、[3]《市民的公共性》に加え、[4]《国民的公共性》、[5]《労働者的公共性》を用いることで、あらゆる学説を包摂した類型化が可能となった。
 
アピールしたい本書の特徴としては、「学校運営への父母参加」についての研究を、分野横断的・学際的に行った点である。というのも、著者の問題関心は、「学校運営への父母参加」という主題を日本の社会科学一般と関係づけて解明することにあったからである。研究のタコツボ化が指摘されて久しい。本書もまた、学術書である以上、専門領域のマニアックな学説研究の側面をもつのは確かである。しかし、本書は、教育法学・教育行政学に軸足を置きながらも、憲法学、民法学、政治学、社会思想史、教育史、家族社会学など幅広い分野の研究知見を参照し、それらの概念や議論が「学校運営への父母参加」の思想や学説展開に影響を与えたことを解明している。
 
したがって、「学校運営」や「父母参加」などに特段の関心がない者にも読めるはずである。たとえば、教育法学・教育行政学分野に属していない教育学を専門とする研究者・学生にとって、教師論の展開として、戦後教育史の一つの描き方として、国際比較教育として読み、公教育に親を位置づけることの意味と不可欠性について自身の研究領域に引き取ってもらえるはずである。さらに、憲法学研究者には人権と主権との対抗が現れる典型例として、民法学研究者には私法と公法との架橋を考える材料として、政治学研究者には社会統合のあり方や政治参加論、また、公共性の対抗という点からデッサンした戦前・戦後の政治思想史として、そして、社会哲学研究者には市民社会論ないし社会民主主義研究として。もっとも、それぞれの専門領域の研究者からはツッコミどころもあるであろう。ご助言をいただき、日本の社会科学全体の発展に共同的に取り組めれば著者としてはこの上なく嬉しい。
 

(紹介文執筆者: 葛西 耕介 / 2023年4月24日)

本の目次

本書のはじめに――学校運営への父母参加の必要性
 
第1章 本書の主題と理論的枠組み
 第1節 公教育法制に関する研究諸領域における「親」
 第2節 教育法制における「親」
 第3節 本書の解明主題
 第4節 研究の方法と本書の視角
 
第2章 日本における「教育権」概念の展開――その享有主体に焦点をあてて
 第1節 1945年から1950年代半ばの展開――主権としての「教育権」
 第2節 1950年代半ばから1980年代半ばの展開――国民の「教育権」とその諸相
 第3節 1980年代半ば以降の展開――親の「教育権」の隆盛と分岐
 
第3章 父母の学校運営への参加を導く原理――「親権」と「親の教育権」との統一をめぐって
 第1節 憲法学における「親の教育権」論
 第2節 戦前の民法学における「親の教育権」論
 第3節 戦後の民法学における「親の教育権」論
 第4節 民法学における「親の教育権」の不在の思想的背景
 第5節 私法・公法関係の理解と5つの《公共性》論
 第6節 「親権」と「親の教育権」との統一としての教育法学
 
第4章 1950年代から1980年代の父母の学校参加論
 第1節 5人の学説が登場するに至る社会的・理論的状況
 第2節 《国家的公共性》に対抗する諸学説
 第3節 制度論への昇華
 
第5章 《公共性》論の動態と1980年代半ば以降の諸政策および諸学説――「拒否権」と「学校選択権」
 第1節 体制側とマルクス主義の公共性論の変容
 第2節 新自由主義の登場と各《公共性》間の対抗の変容
 第3節 1980年代に見られる各《公共性》と憲法・教育行政学説
 
第6章 1980年代以降の父母参加制度論――2つの「参加権」
 第1節 父母の学校運営への参加と学校自治論
 第2節 慣習法的制度論――学校自治内部でのPTA活用論
 第3節 実定法的制度論その1――内外区分論肯定説
 第4節 実定法的制度論その2――内外区分論否定説
 第5節 日本教職員組合の父母参加制度論
 第6節 実定法的制度の成立――学校運営協議会制度とそれを支える思想
 
第7章 《公共性》をめぐる思想対抗の日本的固有性――《国民的公共性》をめぐって
 第1節 日本における自由主義思想の所在
 第2節 日本における《国民的公共性》の探求
 第3節 公教育分野における左派の《国民的公共性》=福祉国家論
 
本書のおわりに――本書がもつ示唆

関連情報

受賞:
第3回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2022年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html