東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

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書籍名

戦後日本の教員採用 試験はなぜ始まり普及したのか

著者名

前田 麦穂

判型など

192ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2023年2月20日

ISBN コード

9784771037090

出版社

晃洋書房

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戦後日本の教員採用

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「教員採用試験の倍率が低下している」というニュースを目にしたことはありませんか。国や地方自治体は「教員採用試験」の倍率低下に危機感を持ち、より多くの志願者を得ようと様々な改革を進めています。
 
これまでの改革の中で「教員採用試験」の存在は所与の前提とされ、その時期や方法をどう工夫するかという議論が繰り返されてきました。しかし、そもそもなぜ学校の先生を「教員採用試験」によって選んでいるのかという根本的な点については、あまり議論に上がることはありませんでした。
 
このように「教員採用試験」の存在をあまりにも「当たり前」のものとして受け入れ、その成り立ちや来し方を理解してこなかったことが、教育改革の行き詰まりをもたらしてきたのではないでしょうか。本書はこの根本的な点を、歴史的過程から問い直すことに取り組んでいます。
 
本書は、日本社会においてなぜ「教員採用試験」が始まり、全国的に普及したのかを解明することを目指しました。
 
本書の副題を見て、「教員採用試験って、一度に始まったのではなく『普及』したものなの?」と意外に思った方もいるかもしれません。実は戦後初期に法制度をつくる段階では、教員には免許状制度があるため、採用の際に「試験」をする必要はないと考えられていました。
 
しかしご存知のように今日では、全国の都道府県・政令指定都市等で「教員採用試験」は「当たり前」のものとして行われています。この間には一体何があったのでしょうか。
 
従来、この「教員採用試験」が広がるきっかけになったと言われてきたのは、1950年代半ばに行われた法制度の変更でした。しかし様々な資料を見ていくと、法制度変更以前の時期にも一部の地域では「試験」が実施されていたことがわかりました。
 
そこで本書では、「教員採用試験」を導入した時期が法制度の変更以前・以後に分散するよう戦略的に地域を選択し、事例研究を行いました。その結果、本書は6都県 (東京都・富山県・鹿児島県・兵庫県・島根県・青森県) を選択しました。
 
本書は、「教員採用試験」の普及を促していたのが従来重視されてきた法制度の変更だけではなかったことを明らかにしています。具体的には、教員志願者の需給状況という各自治体の「内生条件」と、自治体が他の自治体の動向を参照する「相互参照」という行動が重要な役割を果たしていました。
 
本書はこれらの事例研究の知見に「動的相互依存モデル」を応用することで、「内生条件と相互参照に駆動された教員採用選考試験の普及」という仮説を生成しました。「動的相互依存モデル」とは行政学において発展してきた、自治体間の政策波及過程を理論化したモデルです。特に終章では、このモデルとその意義について詳しく説明しています。
 
このように、本書は教育行政学や教育社会学だけではなく、行政学や政治学、歴史社会学や公共政策学など、幅広い領域に関わる内容となっています。そして歴史研究ではあるものの、できるだけ簡潔な記述になるよう心がけました。これから教員を目指す方はもちろん、現在の教員を取り巻く状況や教育政策、自治体行政に関心のある方など、ぜひ多くの方にお手に取って頂ければ嬉しいです。
 

(紹介文執筆者: 前田 麦穂 / 2023年3月24日)

本の目次

はじめに
 
序 章 問題設定:「教員採用試験」のはじまりを描く
序.1 問題の所在
序.2 先行研究の検討
序.3 分析課題の設定と事例選択
 
第1章 試験はいらない?:法解釈の変遷
1.1 国家公務員法――「数量化/非数量化」による能力実証
1.2 教育公務員特例法の成立過程――国家公務員法の踏襲
1.3 教育公務員特例法の解説書――国家公務員法・教育公務員特例法の踏襲
1.4 地方公務員法――概念区分の曖昧化
1.5 人事院規則――新たな概念区分の登場
1.6 小括
 
第2章 推薦から試験へ:東京都
2.1 分析の視点
2.2 学校長推薦期(1947-1953[昭和22-28]年度)
2.3 適性検査創設期(1953-1954[昭和28-29]年度)
2.4 適性検査確立期(1955-1956[昭和30-31]年度)
2.5 小括
 
第3章 大都市から地方へ:文部省の「行政指導」と富山県
3.1 文部省の「行政指導」
3.2 採用志願者名簿の整備と教員整理(1949-1951[昭和24-26]年度)
3.3 地教委設置と選考試験の開始(1952[昭和27]年度)
3.4 県教委の配置・斡旋体制と優先考慮方針(1953-1955[昭和28-30]年度)
3.5 「採用選考試験」から「選考資格検査」へ(1956-1957[昭和31-32]年度)
3.6 小括
 
第4章 地方における普及:鹿児島県
4.1 教員養成学部からの教員供給ルート(1948-1953[昭和23-28]年度)
4.2 「人事異動調整委員会」の設立(1952-1955[昭和27-30]年度)
4.3 選考試験の前史(1955[昭和30]年度)
4.4 選考試験の開始(1956[昭和31]年度)
4.5 小括
 
第5章 大都市と郡部の県内格差:兵庫県
5.1 戦災と教員不足への対応(1946-1949[昭和21-24]年度)
5.2 教員供給の県内格差(1949-1953[昭和24-28]年度)
5.3 教員志願者の都市部集中と高学歴化(1952-1955[昭和27-30]年度)
5.4 選考試験の実施(1956[昭和31]年度)
5.5 小括
 
第6章 試験なき教員採用の模索:島根県
6.1 試験導入の検討と見送り(1949-1954[昭和24-29]年度)
6.2 試験なき教員採用(1954-1956[昭和29-31]年度)
6.3 試験の再検討と実施決定(1957-1958[昭和32-33]年度)
6.4 小括
 
第7章 有資格者不足という困難:青森県
7.1 有資格者不足への対応(1948-1957[昭和23-32]年度)
7.2 選考試験の導入過程(1954-1959[昭和29-34]年)
7.3 小括
 
終 章 結論:教員採用制度の形成と「動的相互依存モデル」
終.1 各章の分析結果の要約と結論
終.2 本書の意義
終.3 本書の示唆
終.4 課題と展望
 
おわりに

関連情報

受賞:
第3回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2022年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
 
関連論文:
「戦後初期の教員採用における選考権の運用実態――1950年代の富山県を事例として」 (『教育学研究』85巻3号 pp. 309-320 2018年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kyoiku/85/3/85_309/_pdf/-char/ja
 
「教員採用における「選考」規定の定義と解釈の成立に関する研究――戦後初期の教育公務員特例法と人事院規則八-一二の成立順に着目して[研究ノート]」 (『教育制度学研究』24号 pp. 82-101 2017年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjseso/2017/24/2017_82/_pdf/-char/ja

本書に関する取材記事:
「教員採用、曲がり角に 試験の「倍率頼み」限界」 (日本経済新聞 2023年3月7日掲載)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD27BBK0X20C23A2000000/