東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

アルド・ロッシのドローイング

書籍名

アルド・ロッシ 記憶の幾何学

著者名

片桐 悠自

判型など

440ページ、四六判変形

言語

日本語

発行年月日

2024年4月

ISBN コード

9784306047150

出版社

鹿島出版会

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アルド・ロッシ 記憶の幾何学

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最初の出会いは、デ・キリコだったかもしれない。なぜ、この建築家は、ジョルジョ・デ・キリコの形而上絵画を模倣したドローイングを描き、建築を設計したのか。なぜ、積み木かレゴブロックのような三角柱を横置きし、パルチザン記念碑を実現したのか。
 
本書は、二〇世紀後半にイタリアを中心に活躍した建築家・建築理論家アルド・ロッシ (一九三一~一九九七) を扱ったモノグラフである。現在の日本の建築教育において“忘れ去られた建築家”“ポストモダンの建築家”という括りからロッシを掬い出し、現代的なアクチュアリティのもとに照らし出すことは、危機に立ちつつある人文学的知としての建築理論を新たに提示するための賭値でもある。
 
幼少の頃よりカトリックの強い教育的影響下にあったロッシは、青年期にイタリア共産党に入党する。ふたつの相反するイデオロギーのうちに、自らの立ち位置を模索していた。そうしたなかで、ロッシが興した建築運動「テンデンツァ」が拠り所としたのは、戦後イタリアの文化的背景を背負いながら、建築の“かたち”と戯れることであった。
 
虚ろな骨としての過去のかたちが、生き生きと蘇り、都市の記憶となる。「○△□」といった初源的幾何学の仮置きは、それ自体意味を持たない自らを指し示す図形であると同時に、様々なコンテクストを取り込んでしまう。死んだように見える事物が、自身の生を取り戻すかのような瞬間を建築において捉えようとしたのが、ロッシなのだ。
 
「記憶」「幾何学」という二つのキーワードを軸に、思考をイメージとして構築する理論を追体験するのが本書の特徴である。過去に触れるように、日記『青のノート』を読み直し、実現した建築を踏査し、撮り下ろした写真、図面や実測から新たに描き下ろした図版とともに、ロッシの設計行為・ドローイングに肉薄する。
 
同世代の綺羅星のような建築家との交流のうちに、若きロッシが、自身の立ち位置をどのように確立したかを追究する視点も本書の特色である。理論的な盟友となったマンフレッド・タフーリ、ヴェネツィア建築大学でロッシを助手として採用したカルロ・アイモニーノ、ミラノ工科大学での助手として形態教育を深化させたジョルジョ・グラッシ、SDAとしての最初期に協働したジャンウーゴ・ポレゼッロらとの交流関係を補助線に「テンデンツァ」の理論的背景に迫る。さらに、日本の研究者による初のロッシ研究として、一九八〇年代末から一九九〇年代にかけて日本で実現した建築の多くを共同設計した堀口豊太氏 (SDA東京) へのインタビューをも収めている。
 
それゆえに、本書自体が、筆者自身が設計者ロッシに入り込む契機として「記憶の幾何学」なる語のもとに、ひとつの傾向(テンデンツァ)をなしている。ひとまとまりの書物が、初源的な幾何学をもちいた歴史を縦断し、さまざまなイメージをまたぐ“類推”の操作を示す。それは、建築史というルールに寄り添いながら、過去の事物の違反的な参照を再提起する。
 
事物と事物の、かつてありえたかもしれない自由な関係を見出すこと。事物の生を見出し、描くこと。名もなき事物のしるしを捉えることで、ドローイング作家としても知られる死者=ロッシの、記憶のなかの事物は蘇る。それは、“無意味の仮置き”として、共有可能なものになると信じている。
 

(紹介文執筆者: 片桐 悠自 / 2024年11月27日)

本の目次

はじめに 忘れられた建築家、アルド・ロッシ
 
第1部 未完の幾何学
 
序章 闘争の季節 アルド・ロッシと合理主義の問題
 1 第一五回ミラノトリエンナーレ
 2 共産党のなかで、共産党に対抗すること
 3 イタリアにおける合理主義の問題とネオレアリズモ
 4 カルロ・アイモニーノとの友情
 5 闘争の季節
 
第1章 貧しさの建築類型 類型概念における材料と形式
 1 ロッシの材料の理念としっくい
 2 アイモニーノの材料観:貧しい材料
 3 ジョルジョ・グラッシの類型概念:形式の貧しさ
 4 類型概念における生産技術
  コラム1 民衆の聖なる類型
 
第2章 生きられた立方体 SDAの立方体の反復と共有
 1 立方体への偏愛――SDAの協働
 2 実・虚・水の立方体:立方体建築における透明性の定義
 3 SDAの立方体建築
 4 ポレゼッロの建築設計における立方体の反復
 5 ロッシの建築設計における立方体の反復
  コラム2 岐阜大仏に入り込むこと
 
第3章 未完なる絶対性 マンフレッド・タフーリと幾何学の志向
 1 絶対建築の系譜:マンフレッド・タフーリにおける「絶対性」の議論
 2 建築史を異化すること
 3 危機としての”絶対的なもの〞:幾何学形態の抽出と歴史のなかの都市
 4 類推の幾何学:Studio AUAと自壊する歴史性
 5 未完なる絶対性:タフーリとロッシの交感
  コラム3 門司港ホテルの鳥居
 
第2部 かたちの記憶
 
第4章 類推の構築 設計エスキースの「○△□」の布置と参照
 1 類推の作用:『青のノート』における設計プロセス
 2 絶対記号としての断片
 3 モデナ墓地の○△□の平面構成
 4 コラージュの理論:二次元平面上の断片の構成
 5 穿たれた立方体
 6「加算の手法」:事物の構成としての一軸上左右相称配置
 7 類推の構築
  コラム4 記憶の庭
 
第5章 記憶と少年期 建築ドローイング、事物の反復と忘却の経験
 1 ドローイングというオブセッション:「ミラノ工科大学で最も不出来な学生」
 2 ドローイングにおける宗教的事物の反復
 3 コラージュの手法:自己と他者の間の記憶
 4 観念とドローイング:インファンティアの方へ
 5 少年時代の喪失と反復
  コラム5 不安の形象化
 
第6章 傾向建築をめざして 建築教育における「テンデンツァ」理念
 1 傾向の理念:ロッシのミラノ工科大学での設計教育
 2『青のノート』における「傾向」概念
 3 設計教育論としての『都市分析と建築設計』
 4「設計の理論」における「傾向」概念
 5「建築における社会主義都市の理念」における「傾向」の表出
 6 傾向建築をめざして 
  コラム6 屋台とかき氷
 
インタビュー アルド・ロッシと日本 堀口豊太  聞き手:片桐悠自
  
おわりに 記憶の幾何学

関連情報

受賞:
第4回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2023年) 
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html

書評:
後藤武 評 (REPRE Vol. 52  2024年10月5日)
https://www.repre.org/repre/vol52/books/sole-author/2/
 
今村創平 評「貧しい自律性と子供のような精神をもった、建築家ロッシの理論について」 (ときの忘れもの 2024年9月29日)
https://tokinowasuremono.blog.jp/archives/53545505.html
 
土居義岳 評 (土居義岳の建築ブログ 2024年9月16日)
https://yoshitake-ntiku.hatenablog.com/entry/2024/09/16/173315
 
書籍紹介:
清水美明「この<まち>の下の記憶 (29) …過密の先に」 (読売新聞オンライン 2024年6月4日)
https://www.yomiuri.co.jp/column/henshu/20240527-OYT8T50008/
 
関連記事 :
片桐悠自「自伝を科学する者たち デ・キリコとアルド・ロッシ」 (『芸術新潮』 2024年5月号)
 
片桐悠自「未来の団結小屋」 (『ユリイカ』 2023年7月号)
 
片桐悠自「聖なる侵入 アルド・ロッシの窓」 (WINDOW RESEARCH INSTITUTE 2023年1月31日)
https://madoken.jp/series/14927/
 
片桐悠自「アウレーリ、タフーリ、ロッシ、ポレゼッロ──建築理論における「ヴェネツィアン・セオリー」の水脈」 (REPRE Vol. 40 2020年10月20日)
https://www.repre.org/repre/vol40/note/katagiri/
 
関連イベント:
NEW 書評会『アルド・ロッシ 記憶の幾何学』 (日本建築学会近畿支部建築論部会若手小部会企画) (立命館大学朱雀キャンパス 2024年12月21日)
https://x.gd/weanG
 
シンポジウム「都市/郊外」(日本建築学会 建築論・建築意匠小委員会 連続研究会「建築論の問題群」第10回) (京都美術工芸大学 2024年5月25日)
https://mondaigun-10.peatix.com/