東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

白い表紙、漢文古文書の写真

書籍名

宣教師と中国をめぐる「知」の構築 アヘン戦争以前のプロテスタント

著者名

黄 イェレム

判型など

376ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2023年12月26日

ISBN コード

978-4-13-026177-7

出版社

東京大学出版会

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宣教師と中国をめぐる「知」の構築

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19世紀はアジアでは近代の始まりであり、グローバリズムの現代的な展開の起点であると同時に、イギリスを中心とした帝国主義時代でもある。この時期、イギリスはアジアへの進出を拡大し、東洋に対する知識の必要性も高まっていった。本書は、19世紀前半のアヘン戦争以前、イギリスが中国を中心として東洋に対する知識を構築していくメカニズムを理解する上で役立つものである。具体的には、中国と関わったプロテスタント宣教師の初期活動に焦点を当て、例えばインドでの儒教経典英訳や、インドやマラッカでの聖書漢訳、マカオでの中国語学習工具書 (中国語字典など) の刊行、マラッカのアングロ・チャイニーズ・カレッジ設立などについて、その事業が可能になった経緯を中心に分析し、そのメカニズムを理解できるようにした。
 
プロテスタントの宣教初期において、中国を含むアジア現地での宣教活動はイギリスの法律上は違法にあたり、宣教師が活動するためには現地のイギリス東インド会社との関わりが不可欠であった。そのため、上述の宣教師による諸事業は、東インド会社政府のようなイギリスの現地政治勢力の統制のもと、同意もしくは協力を受けて実施された。中国に対する東インド会社の独占貿易制度が1830年代に廃止されると、新たな政治勢力として自由貿易商人が台頭し、中国宣教に新しく参与したアメリカ人宣教師も加わり、学術誌の性格を有するチャイニーズ・レポジトリーの刊行を通じて中国を中心としたアジア地域に対する「知」の体系化が進んでいった。
 
19世紀前半のアヘン戦争以前、すなわちイギリス側に中国語人材が少なかった時期における宣教師主導の事業は、当時ほぼ未知の国であった中国に対する「知」をイギリスが構築してゆく上で決定的な役割を果たし、単なる学術的および宗教的な枠を超え、イギリス現地勢力の必要性に合う政治的性格を持つものであった。宣教師は、中国を含むアジア専門家としてイギリス現地政治勢力に認められるほどの地位を築き、アヘン戦争の際には通訳やアドバイザーとして活躍した。そして19世紀後半、イギリスのアカデミアにおいて中国学が形成され始めると、J・レッグのような宣教師出身の学者がオックスフォード大学で初の中国学教授職に就くなど、初期中国学の発展に寄与することになる。  
 
イギリスが中国に関する「知」の構築においてプロテスタント宣教師を活用したのは、アジア現地のイギリス官僚が宣教師を必要とする認識に起因したものであり、このアプローチは、19世紀以前のフランスで見られたような方式、すなわち君主がイエズス会士などカトリック宣教師を中国へ派遣して彼らから中国情報を得るという、上から下への方式とは異なるものである。近代西洋世界において中国学を含む東洋学はいかに成立したか、その初期の実態を理解するうえでも、本書が一助となれば幸いである。
 

(紹介文執筆者: 黄 イェレム / 2024年2月19日)

本の目次

序章 宣教師と中国をめぐる「知」の伝播
1. プロテスタント宣教師よる中国をめぐる「知」の構築――本書の目的
2. 19世紀以前における中国情報の伝播――イエズス会士の役割
3. 先行研究の紹介
 (1)プロテスタント宣教師に関する先行研究
 (2) 19世紀シノロジーに関する先行研究
4. 本書の構成
5. 史料の性格
 
第1章 インドにおける儒教経典英訳事業
はじめに
1. バプテスト派宣教師とフォート・ウィリアム・カレッジ
2. フォート・ウィリアム・カレッジにおける中国語教育の試み
3. セランポールにおける中国語教育
4. 儒教経典英訳刊行の経緯
小結
 
第2章 モリソンとイギリス東インド会社――中国語学習工具書の刊行
はじめに
1. 中国でのモリソンの立場
2. 広東商館の職員とモリソン
3. イギリス東インド会社の広東商館における中国語教育
 (1) モリソン雇用以前の中国語教育状況
 (2) モリソンによる中国語教育
4. モリソンによる中国語学習書の作成
 (1) 中国語文法書 (A Grammar of the Chinese Language)
 (2) 中国語字典 (A Dictionary of the Chinese Language)
 (3) 中国語会話集 (Dialogues and Detached Sentences in the Chinese Language)
 (4) 中国概説書 (A View of China)
小結
 
第3章 マラッカにおけるアングロ・チャイニーズ・カレッジの設立
はじめに
1. 中国人向けの宣教拠点を求めて
 (1) ミルンの東南アジア巡回訪問
 (2) 中国宣教拠点としてのマラッカ
2. マラッカにおける事業
 (1) 中国を中心とする宣教方針と小学校設立
 (2)小学校設立に対するイギリス東インド会社関係者の協力
3. 一般高等教育機関としてのアングロ・チャイニーズ・カレッジ
 (1) アングロ・チャイニーズ・カレッジの設立計画
 (2)アングロ・チャイニーズ・カレッジの定礎式
 (3) アングロ・チャイニーズ・カレッジ設立当初の後援者
4. カレッジの設立目的
 (1) カレッジをめぐる対立
 (2)イギリス東インド会社の広東商館側の見解
小結
 
第4章 プロテスタントの漢訳聖書の刊行
はじめに
1. 東洋植民地におけるキリスト教布教の合法化
2. 英国聖書協会――東洋植民地における聖書翻訳事業の監督
 (1) 英国聖書協会の設立
 (2)インド亜大陸における聖書協会の設立
 (3)英国聖書協会の監督下の聖書漢訳事業
3. インドでの聖書漢訳事業
 (1) 聖書漢訳および印刷の進展
 (2) 洋式活字による印刷と修正作業
 (3)インドでの聖書漢訳事業に対する英国聖書協会の援助
4. 中国・マラッカでの聖書漢訳事業
 (1) 聖書漢訳事業の進展と英国聖書協会の援助
 (2)聖書漢訳事業の協力者
 (3) 漢訳聖書の頒布事業
小結
 
第5章 『チャイニーズ・レポジトリー』の刊行
はじめに
1. アメリカ人宣教師の中国派遣
2. 『チャイニーズ・レポジトリー』刊行時期の広州の状況
 (1) 自由貿易商人勢力の台頭
 (2)広州における英字新聞・雑誌の創刊
 (3) 広州の欧米人による協会設立
3.『チャイニーズ・レポジトリー』刊行の目的
4.『チャイニーズ・レポジトリー』の主要寄稿者
小結
 
終章 19世紀イギリスにおける中国学の成立
1. アヘン戦争以前におけるプロテスタント宣教師の活動の意味
2. アヘン戦争とプロテスタント宣教師
3. イギリスにおけるアカデミック・シノロジーの二つの源流
 
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関連情報

受賞:
第4回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2023年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html