
書籍名
植民地朝鮮の西洋音楽 在朝鮮日本人音楽家の活動をたどる
判型など
388ページ、A5判、並製
言語
日本語
発行年月日
2024年3月28日
ISBN コード
978-4-7872-7462-5
出版社
青弓社
出版社URL
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「音楽 (Music) は大きく長調 (Major Key) と短調 (Minor Key) で構成され、明るい感じの音楽は長調、暗い感じの音楽は短調である。」これについてはごく当たり前の、誰もが知っている音楽の知識の一つだろう。長調、短調をはじめ、完全音程 (Perfect)、長音程 (Major)、短音程 (Minor)、増音程 (Augmented) などの音楽用語は、日本が西洋音楽を受容した際にその用語を和製漢語として翻訳したものである。このような和製漢語の音楽用語は、実は、現在韓国でも同じくそのまま韓国語に取り込んだ音楽用語として通用されている。
韓国ではこのような音楽用語だけでなく、音楽の父・バッハ、音楽の母・ヘンデル、音楽の神童・モーツァルト、楽聖・ベートーヴェン、交響曲の父・ハイドン、歌曲の王・シューベルト、ピアノの詩人・ショパンといった作曲家たちに冠する称号も日本と同じく通用されている。音による芸術「音楽」という名称さえ、日本がミュージック (Music) を和製漢語に翻訳したものだが、韓国ではそのまま取り込んだのである。
このように、現在の韓国で日本語から韓国語に翻訳された音楽理論が通用しているが、それは、日本が東アジアではいち早く近代化の過程を経て、音楽でも西洋化を追求し、それが専門的な音楽学校設立や音楽専門理論書を出版することで成果が表れたことと関係がある。日本式の西洋音楽の理論そのものが、当時の朝鮮人留学生や在朝鮮日本人音楽教員からそのまま植民地朝鮮に伝わり、その影響が深く浸透した結果、現在に至るまで当時の音楽用語などが通用するようになった。筆者を含む韓国人は、この「日本式の西洋音楽」を何の抵抗感ももたず「西洋音楽」として認識してしまったのだ。
韓国はかつて日本の植民地支配を受けていたことは明白であるのに、現在の韓国の西洋音楽受容をめぐってはこれまで様々な見解が出されてきているものの、音楽に携わっていた在朝鮮日本人や日本の音楽学校に留学した朝鮮人音楽家たちの影響、つまり日本(人)の関わりで育まれた植民地朝鮮の西洋音楽の歴史はあまり知られていないために、それを認めようとしない風潮が残っているのではないだろうか。
しかし、韓国が日本の植民地統治時代に近代的な社会変化を経験したという事実があるのならば、近代的な音楽の経験はどのようなもので、それが持つ意義は何だったのか深く考える必要がある。なぜならば、当時の音楽政策や音楽教育、音楽産業などは、日本の植民地統治下で定着したものが多く含まれていて、音楽用語をはじめとする日本の音楽要素が現在も強く影響しているからである。
本書は、これまであまりにも関心が払われていなかった植民地朝鮮で日本から持ち込まれた日本化された音楽文化が、支配者である日本人によって広められたことに注目し、朝鮮近代史、音楽史、教育史の立場から解明しようとするものだ。植民地朝鮮時代の在朝鮮日本人たちの活動に焦点を当て、彼らが時代の変化に対応しながら、当時の朝鮮で西洋音楽の形成の一部分を担当していたことを捉えていく。現在の韓国がたどり着いた西洋音楽の受容史よりも多角度な観点から解釈するためには、過去の歴史を振り返ることが必要不可欠である。
本書では、植民地朝鮮での日本人中等音楽教員・音楽家の活動の具体的様相を明らかにすることで、当時の朝鮮での音楽の時代相に光を当て、これまで相互に断ち切られた形態で語られていた日韓近代音楽史を一つの潮流として結び付ける手がかりを提供したい。
(紹介文執筆者: 金 志善 / 2024年7月1日)
本の目次
序 章 日韓近代西洋音楽受容史の研究動向
第1章 西洋音楽の受容過程
1 賛美歌
2 初期西洋音楽機関
3 音楽専門教育機関――梨花女子専門学校音楽科
4 日本の音楽学校に留学した朝鮮人
第2章 在朝鮮日本人音楽家と東京音楽学校――『近代日本音楽年鑑』と『東京音楽学校一覧』の分析を中心に
1 『近代日本音楽年鑑』と『東京音楽学校一覧』にみる在朝鮮日本人音楽家と音楽活動の動向
2 東京音楽学校の機能と役割
第3章 音楽教育政策と音楽教育関連教科書
1 教育政策
2 音楽教育政策
3 唱歌・音楽教育関連図書
第4章 唱歌・音楽教育の実態
1 「文教の朝鮮」と「朝鮮の教育研究」の唱歌・音楽教育関連記事
2 両誌の記事に現れた初等教育での唱歌・音楽教育の実態
3 一九三〇年代後半から四〇年代に初等教育を受けた証言者のインタビューと当時の学習ノート
第5章 師範学校音楽教員の活動
1 師範学校音楽教員
2 中等教員養成
3 師範学校音楽教員による唱歌教科書と音楽理論書
第6章 日本人音楽家による音楽会の実態
1 朝鮮でのクラシック音楽会の状況
2 日本人音楽家の来朝音楽会
3 日本人音楽家による来朝音楽会の朝鮮人観客層
4 日本人音楽家の音楽会について朝鮮人の反響
第7章 総力戦体制下の朝鮮と音楽の役割――組織の一元化と在朝鮮日本人音楽家の活動
1 朝鮮の総力戦体制運動の展開と音楽の役割
2 総力戦体制期の音楽組織
3 朝鮮音楽協会の事業活動と日本人音楽家の役割
4 日本人音楽家の役割――大場勇之助と平間文寿の事例を中心に
終 章 日本人音楽家の朝鮮活動がもたらした日韓西洋音楽受容史の再構築
1 近代朝鮮が迎えた音楽界の構図の変化
2 植民地朝鮮での日本人の音楽活動
3 日韓西洋音楽受容史での日本人の音楽活動の意義
参考文献
あとがき
資料4-1 「文教の朝鮮」と「朝鮮の教育研究」の唱歌・音楽教育関連記事
資料5-1 京城師範学校音楽教育研究会編『初等唱歌』分析
資料5-2 京城師範学校音楽教育研究会編『初等唱歌』の朝鮮の情緒をモチーフにした曲と、朝鮮人が作詞・作曲した曲
資料7-1 「朝鮮文芸会設立趣意書」
資料7-2 「朝鮮音楽協会会議案」
資料7-3 『国民皆唱歌曲集』の曲目
関連情報
第4回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2023年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
セミナー:
第120回例会: 植民地朝鮮の西洋音楽界における京城帝国大学教授夫人の音楽活動と相互的関係 (洋楽文化史研究会 2023年9月30日)
https://yougakubunkashi.gozaru.jp/