
書籍名
小津安二郎はなぜ「日本的」なのか
判型など
376ページ、A5判、上製
言語
日本語
発行年月日
2024年3月
ISBN コード
978-4-8010-0799-4
出版社
水声社
出版社URL
学内図書館貸出状況(OPAC)
英語版ページ指定
本書は日本の激動期の象徴的存在たりうる小津に焦点を当て、彼に対する「日本的」という形容の歴史的変遷やその背後にある経緯を解明するものである。小津映画と「日本的なもの」について、最もよく知られてきたのはアメリカでの議論である。アメリカの論者たちは「禅」や「もののあはれ」といった日本の伝統文化と結びつくキーワードと関連づけながら、小津を「日本的」だと形容した。だが、小津の同時代の日本国内における「日本的」という形容はこれらのキーワードに還元できるものではない。
そこで本書は、小津はそもそもなぜ「日本的」と形容されるようになったのか、という根本的な問いに立ち返り、まず小津が生きていた1920年代後半から1960年代前半までの日本国内の言説を検討することで「日本的なもの」の意味内容の歴史的変遷を辿る。次に、国内のローカルな文脈の議論を踏まえ、アメリカを軸に1970年代、1980年代の小津受容におけるグローバルな「日本的なもの」の議論を再検討することで、そこにある新たな意義や問題点を見出す。本書はこのように言説史を辿る方法論を取り入れることで、小津の「日本的なもの」が1920年代後半から1980年代までの日本国内や西洋の言説においてどのように形成され、変容していったのか、その過程のダイナミズムを描き出す。
本書は以上の探求を通して、小津映画批評における「日本的なもの」という概念が戦争や戦後といった時代状況を反映していること、また時代変遷と絡み合うことで日本映画史全体の流れと呼応していたことを明らかにする。この際に、「日本的なもの」の内包は伝統に依拠するのみならず、伝統の再解釈としての同時代や現代、過去をも包摂しうるものとして重層的に構築されていたことも指摘される。なお日本国内における「日本的なもの」の議論は、日本の文化を世界の文化においていかに位置づけるか、というグローバルな射程を持っていたのに対し、「日本的なもの」が1970年代に実際にグローバルな文脈に置かれた際に、日本文化の内に閉ざされる、ローカルでステレオタイプな概念としての「禅」や「もののあわれ」といったものに回収されてしまったことも本書を通して新たに提示される。
本書による以上の発見は小津研究、ひいては日本映画研究においてかつてなかった視座を提供する。小津をめぐる「日本的なもの」の議論の全体像を初めて提示する本書は、今後小津や日本映画研究が新しく展開される可能性を切り開くものとなる。
(紹介文執筆者: 具 慧原 / 2024年6月5日)
本の目次
1 研究目的
2 先行研究における不足点
3 本書の構成
第1部 「日本的なもの」の形成:一九二〇年代後半から一九四〇年代前半まで
第1章 「日本的」映画の成立:一九二〇年代後半から一九三五年まで
1 「日本/西洋」という二項対立
2 アメリカ映画からの影響:モダンな日本表象としての小津映画
3 「日本的なもの」への転向
結び
第2章 「伝統的なもの」から「日本人らしさ」へ:一九三五年から終戦まで
1 優れた日本映画の「日本的」傾向に組み込まれて
2 小津論における「日本的なもの」
3 戦時体制とその影響
4 『父ありき』(一九四二)と国民映画としての「日本的なもの」
結び
第2部 戦後の議論:敗戦から一九六三年まで
第3章 「最も日本的な監督」としての定着:終戦から一九五五年代まで
1 社会的問題に取り組む映画への期待
2 『晩春』から始まる戦後の「日本的なもの」の議論
3 「日本的」と否定される二つの傾向
4 小津映画に対する「日本的」という評価の内向性
結び
第4章 「古い伝統」の象徴的存在:一九五六年から一九六三年まで
1 「倒すべき伝統像」としての小津
2 「日本的なもの」の議論における三つの流れ
3 「俳句」という解釈
4 海外での小津受容の始まり
結び
第3部 ローカルな議論を越えて:一九七〇年代から一九八〇年代
第5章 一九七〇年代のアメリカにおける文化論的解釈
1 西洋における初期の小津受容――一九五〇年代後半から一九六〇年代まで
2 ポール・シュレイダー:超越的スタイルと「壺のショット」
3 ドナルド・リチー:禅の無と「壺のショット」
4 ノエル・バーチ:「枕ショット」
結び
第6章 一九八〇年代における「日本的なもの」の転覆
1 日本における文化論的解釈への反論:蓮實重彦の主題論的アプローチ
2 アメリカにおける文化論的解釈への反論:フォーマリズム的アプローチから
結び
結章
註
参考文献一覧
あとがき
関連情報
第4回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2023年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
関連エッセイ:
具慧原「小津めぐり」 (関口グローバル研究会 2021年7月29日)
https://www.aisf.or.jp/sgra/combination/sgra/2021/16766/
関連論文:
具慧原「1930年代の批評言説からみる小津映画の「日本的なもの」」 (『映像学』104巻 pp. 31-50 2020年)
https://doi.org/10.18917/eizogaku.104.0_31
具慧原「小津映画の「無人のショット」をめぐる日本国内の批評言説――一九四〇年代末から六〇年代中頃まで」 (『美学芸術学研究』38号 pp. 21-44 2019年)
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/54276
具慧原「小津映画の「無人のショット」をめぐる 1980 年代の言説――1970 年代の言説との関係に即して」 (『日本映画学会大会報告集』13巻 pp. 18-31 2017年12月)
https://doi.org/10.20758/jscsconference.13.0_18
具慧原「小津安二郎映画をめぐる西洋からの批評における問題点――「無人のショット」を中心に」(第67回美学会全国大会 若手研究者フォーラム発表報告集 2017年3月)
https://www.bigakukai.jp/wp-content/uploads/2021/10/2016_07.pdf