東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

アイボリーの表紙

書籍名

豊子愷の東西芸術比較論 中国近代美学の誕生

著者名

劉 佳

判型など

168ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2024年4月30日

ISBN コード

9784393957066

出版社

春秋社

出版社URL

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豊子愷の東西芸術比較論

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本書は20世紀20、30年代の中国で活躍した豊子愷 (ほう・しがい、1898-1975) が大正期の日本の学者たちによる東西の芸術比較論を介して、カンディンスキー (Wassily Kandinsky, 1866-1944) の抽象芸術論を受容し、それを中国画論と融合させた上で独自の仕方で「気韻生動」概念を解釈したことを明らかにするものである。
 
本書は、カンディンスキーの抽象芸術論と気韻生動論に注目し、それらを最初に結びつけたアーサー・エディ (Arthur Jerome Eddy, 1859-1920) から、日本の早期のカンディンスキー受容を担った美学者である園頼三 (1891-1973)、そして豊子愷にいたるカンディンスキー受容の系譜を辿り、豊子愷の近代的な「気韻生動」概念がカンディンスキーとの関わりにおいて形成されていく過程を明らかにした。
 
本書は豊子愷の芸術論を歴史的に初期 (20年代前後)、中期 (20年代中頃から40年代にかけて) の二つに分ける。第一章は豊子愷の初期の芸術論を、第二章から第五章までは中期の芸術論を扱う。その際、考察の中心となるのは「気韻生動」という概念である。第一章では「気韻生動」概念が登場する前の豊子愷の初期の芸術論を考察した。次いで第二章では、1920年代中頃の豊子愷の芸術論の特徴を、とりわけ「気韻生動」という概念が初めて提起される過程に即して、明らかにした。続いて、第三章では豊子愷がカンディンスキーの抽象芸術論を東洋の芸術論と比較することをとおして形成した近代的な「気韻生動」概念を考察した。その上で第四章では豊子愷が近代的な「気韻生動」概念を用いて、中国伝統の文人画に関して、従来の立場とはいかに異なる見方を提示したのか、謝赫の「六法」をいかに解釈したのかを検討した。最後に第五章では、理論的に構成される「純粋的絵画」が絵画創作の実践において、どのように実現されるのかを検討した。
 
本書を通して、西洋の思想文化が東洋に輸入される中で、中国の内部において生じた伝統文化の自覚と変貌が中国近代美学を発生させた過程を明確にした。豊子愷が提唱した異彩を放つ東洋的意識は、西洋芸術の受容により写実絵画が主流となっていた20世紀20、30年代の中国ではより大きな潮流とならなかったが、グローバリゼーションとローカライゼーションの交叉する今日において、伝統文化の再評価と伝承、アイデンティティの認識といった課題はますます大きな意味合いを獲得している。東西の理論の交渉のうちに自らの芸術論を打ち立てた豊子愷の理論的軌跡は、こうした課題に答える一つの手がかりを与えてくれるように思われる。
 

(紹介文執筆者: 劉 佳 / 2024年9月9日)

本の目次

序論
  豊子愷について
  研究背景
  本書の構成

第一章  「自然美」から「感興」への転向
 第一節 「普通の芸術」と「専門の芸術」
 第二節 「自然美」による「生動」
 第三節 「自然に対する感情」としての「感興〔遺貌取神〕」

第二章  「感覚美」によって喚起される「高遠な思想感情」
 第一節 「感覚美」によって喚起される「高遠な思想感情」
 第二節 カンディンスキーの「震動 (Vibration)」

第三章  「精神的なもの」と「気韻生動」との共鳴
 第一節 エディによるアメリカ側のカンディンスキー受容
  第一項 ブイによる「気韻」と「生動 (living movement)」
  第二項 カンディンスキーの純粋芸術と「東洋の抽象芸術」
 第二節 園頼三による日本側のカンディンスキー受容
  第一項 ショーペンハウアーの「崇高」と「生動」
  第二項 リップスの「感情移入」と「気韻生動」
  第三項 カンディンスキーの「純粋精神」と「気韻生動」
 第三節 豊子愷による中国側のカンディンスキー受容
  第一項 「同情」と「生動」
  第二項 書道における「純粋な形状」によって示される「神気」

第四章  文人画と純粋絵画との両立
 第一節 「文学的絵画」と「純粋的絵画」
 第二節 「画中有詩」における「詩趣」

第五章  「写生」と「写意」との融合

結論
 

あとがき
参考文献

関連情報

受賞:
第4回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2023年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
 
Honorable mention of Hallam Chow’s Central Academy of Fine Arts Young Critics Award (Central Academy of Fine Arts 2008年)
 
関連論文:
劉佳「豊子愷の芸術論における自然美から感興への転向」 (『美学藝術学研究』38 pp. 45-64 2020年3月)
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/54277