東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

ヴァイオリンを抱える女性の写真

書籍名

ヴァイオリンを弾き始めた日本人 明治初年、演奏と楽器製作の幕開け

著者名

梶野 絵奈

判型など

564ページ、A5判、並製

言語

日本語

発行年月日

2024年4月9日

ISBN コード

978-4-7872-7463-2

出版社

青弓社

出版社URL

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ヴァイオリンを弾き始めた日本人

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人間は便利さを求めるのが常ですが、そうした便利さと真逆にあるのがヴァイオリンの演奏です。ヴァイオリンは魅力的な楽器ですが、演奏するとなると非常にタチが悪く、音程や音色、何から何まで100%自分でコントロールして作り上げねばならず、この楽器を演奏する難しさと言ったらとんでもないのです。3歳で始めて、生業にまでしてしまった私が言うのですから間違いありません。どこか変人の部分がなければ、ヴァイオリンを上手に弾けるようになろうと努力を続けることなど、できようもありません。
 
本書は、日本のヴァイオリン受容の最初期の様相について述べたもので、間違いなく芸術書、音楽書のジャンルに分類されますが、もしかしたらそれ以外のジャンルでも良いのではないかと思います。それと言うのも、そもそも芸術について書いていないし、音楽についても本質的な部分には踏み込んでいないからです。日本人がヴァイオリンの演奏を始めた歴史を、演奏する技と製作する技に焦点を合わせながら解き明かしました。時期は、ヴァイオリンの存在そのものが人々に知られていなかった明治維新後の日本です。
 
最大の特徴は、史料調査で得た情報を積み上げることに徹した点です。なぜか人は「音楽っていいよね」とか、「音楽は国境を越える」といったフレーズをすんなり口にしますし、言われた方も素直に受け止めます。まるで打ち合わせでもしたかのように、人々は音楽について肯定的になれるのです。こうしたユルさが良さでもあるのですが、自分が体験してきたことや、感じてきたことを振り返ると、もっと複雑なように思うのです。プロとして音楽に携わってきて、厳しい現実を突きつけられたことは多々ありますし、もう一回修業時代に戻れと言われたら絶対に嫌です。でもヴァイオリンを通して素晴らしい体験ができましたし、世界中の素敵な人と出会うこともできて、私の人生はヴァイオリンがあることで彩られました。そうした自分だからこそ、冷静な目で見つめながら歴史を検証し、実像を捉えられるのではないか、そして音楽と社会のもっと確かな結びつきを見出せるのではないかと考えたのです。そのような立場から行なった学術研究の成果を出版したことで、世の人々に、実社会と学術研究がつながっていることを知っていただくきっかけになったかもしれません。
 
564ページもあって長いので、全部読むのは大変だと思います。気になる部分だけ読んでみても良いですが、全編通して読んでいただくと、きっと様々な事象が有機的につながっていく様を楽しんでいただけるでしょう。実は、この本の前に『日本のヴァイオリン史――楽器の誕生から明治維新まで』(青弓社) を2022年に上梓しています。その続編が本書なので、読書体力に自信のある人は、是非2冊続けて読んでみてください。本書につづく第3冊目もいずれ出版したいと思っています。
 

(紹介文執筆者: 梶野 絵奈 / 2024年7月3日)

本の目次

はじめに
 
第1部 「楽器中の帝王」日本での普及の始まり
 
第1章 ハリストス正教会とヴァイオリン
 1 日本の正教会でのヴァイオリン伝習の始まり
 2 ハリストス正教会の日本人たちの活動の様相
第2章 雅楽家の有志団体「洋楽協会」が「欧州管絃楽」を実現するまで
 1 ヴァイオリン指導の先駆けになった二人のお雇い外国人
 2 伶人たちのヴァイオリン習得――『洋楽協会記録』から
第3章 音楽取調掛でのヴァイオリンと管絃楽
 1 ヴァイオリンと管絃楽に関する教科制定の変遷
 2 音楽取調掛時代のヴァイオリン譜
 3 ドイツとボストンの音楽教育界でのヴァイオリン
 
第2部 ヴァイオリン関連産業の発展の様相
 
第4章 ヴァイオリンの国産――手工芸から近代型産業へ
 1 音楽取調掛と洋楽協会が購入したアメリカ製の楽器
 2 ヴァイオリンの流通と初期の国内楽器製造の状況
 3 ヴァイオリン製作が産業に発展するまで
第5章 ヴァイオリンの普及拡大――消費の対象として
 1 ヴァイオリン譜の出版と流通
 2 学びと演奏環境をめぐる諸情報
 
おわりに
参考文献一覧
あとがき

関連情報

受賞:
第4回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2023年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html

書評:
短評 (日本経済新聞 2024年7月6日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO81884980V00C24A7MY6000/

関連講座:
旅するヴァイオリン――イタリアで誕生、そして日本で初めてのコンサートが開催されるまで (早稲田大学エクステンションセンター 2024年1月29日、2月5日、2月19日、2月26日、3月4日)
https://admin.wuext.waseda.jp/course/detail/60940/