東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

白い表紙に青い丸、黄色の四角

書籍名

自由と自己の哲学 運と非合理性の観点から

著者名

李 太喜

判型など

310ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2024年3月22日

ISBN コード

9784000616348

出版社

岩波書店

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自由と自己の哲学

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本書では、自由 (自由意志) を巡る哲学の問いについて論じました。ただし、恐らく多くの人が哲学者として知る人や、その議論が主題的に扱われることはありません。本書で私が試みたのは、分析哲学という英語圏の現代哲学において、現在進行形で先鋭化し続ける自由の哲学の最先端にいる論者を取り上げながら、更にそれを乗り越え、その先へ進むことです。
 
本書の中では、自由を、「複数の選択肢の中から、何をするかを自分で決められる」こととして考えます。「哲学的自由」などと構える必要はありません。この自由は、今晩の夕食を決める時、思いつく献立の中から一つを選ぶときにだって行使されるものです。そして同時に、どのような職業に就くか、どのような人をパートナーとして選ぶか、など人生の重大な場面で切実に希求されるものだとも言えます。
 
哲学の長い歴史の中で、しかし、そんな選択の自由を実は人間は持ちえないのだという主張が展開されてきました。一つは、神や、遠い過去の物理的原因など、私たちの関わりえないものによって行動がすべて決定されてしまうという主張。もう一つは、私たちの行動は運で (ランダムに) 生起することになってしまうという主張です。そして歴史上、自由を救い出そうとする論者は大抵、一つ目の主張、すなわち「私たちの行動が決定していること」と「自由」は手を結べるのだとして問題を解決しようとしてきました。
 
一方私が本書で示そうとしたのは、二つ目の主張、すなわち「私たちの行動は運で (ランダムに) 生起すること」と「自由」が実は手を結べるということです。もちろん、「決定されている」だとか、「運だ」とか、その内実が具体的にどのようなものなのかについては、本書を読んでいただくしかありません。しかし、本書を通じて私が主張した「自由」と「運」の奇妙な関係性のエッセンスを取り出せば、それは次のようになります。
 
選択肢に開かれている。そしてその中から、今、自分が何かを選び出す。このように解される自由を持つことは、選択する人のありようが過去どのようなものだったか、またその人がどのような思考をしてきたか、などの事実と、実際の選択の間に、断絶が存在することを意味する。この断絶は、望ましいと判断することを実行する、つまり理性的に行為をコントロールする能力をむしろ阻害する。ゆえに自由な私たちは、選択の都度、その意味で寄る辺なく、「運」に晒されることになる。

しかし同時に、このような運 (断絶) が存在することで、過去と未来は断ち切られる。選択の自由とは、過去に縛られず、自分自身の手によって、過去を超え出て変容していこうとする人間にとって、必要不可欠なものである。

 
本書は、以上の主張のもっともらしさを、可能な限り議論を尽くして論じようとするものです。そのため、本書に登場する数多くの立場や、また細かく入り組んだ議論に戸惑うかもしれません。しかし、それらはすべて、上で見た、「自由であると同時に運に晒される人間像」を具体的でリアルなものとして捉えようとする意識に貫かれています。本書から、自由を哲学することの楽しみを感じ取ってもらえれば何よりです。
 

(紹介文執筆者: 李 太喜 / 2024年8月28日)

本の目次

第1章 選択可能性と自由の関係がなぜ問題になるのか
 第1節 決定論と対立する選択可能性
  1 選択可能性と自己決定性
  2 決定論と自由の対立
  3 選択──非両立論という立場
  4 選択──非両立論の抱える二つの問題
 第2節 源泉──両立論と行為の合理的コントロール
  1 ホッブズの系譜としての源泉─両立論
  2 源泉──両立論者の諸理論
  3 合理的コントロールとしての自由理解
  4 選択─非両立論者にとっての合理的コントロール
 第3節 整合性の問題
  1 選択可能性と合理的コントロールの緊張関係
  2 非合理性のアポリア
  3 運のアポリア
 第4節 必要性の問題
  1 フランクファートによる選択可能性原理の否定
  2 価値のアポリア
 
第2章 選択可能性と自由は整合的に理解できるのか
 第1節 従来の解決案を批判する
  1 加算モデル的解決の試み
  2 ミーリーの熟慮的リバタリアニズム
  3 ケインの葛藤理論
  4 加算モデル的解決の限界
 第2節 自由な行為が満たすべき合理的コントロール要件を検討する
  1 理解可能であるという基準から与えられる合理性
  2 非決定論下で持ち得るコントロール
  3 自由概念の記述的側面から見た合理的コントロール要件の妥当性
 第3節 自由論のドグマからの解放
  1 コントロールを向上させる選択可能性
  2 自由論のドグマとは何か
  3 自由論のドグマと対極にある自由観
  4 合理的コントロールを弱める選択可能性
  5 自由と運
  6 選択可能性を契機とする自己決定性のあり方
 第4節 自己決定する「自己」とは何か
  1 自由と自己の問題
  2 断絶を埋める二つの試み
  3 自己と選択の構成関係
  4 自己の理由モデルからの決別と、自己の動的なあり方
  5 整合性の問題の「解消」
 
第3章 選択可能性はなぜ必要とされるのか
 第1節 人を非合理性と運にさらす選択可能性が持つ価値
  1 必要性の問題と価値のアポリア
  2 価値のアポリアの手前で
  3 解決に向けた二つの方策
 第2節 自己変容性と選択可能性
  1 葛藤の中の選択と自己変容的選択
  2 自己変容的選択と非合理性
  3 実験であり賭けである自由な選択
  4 複数の価値観へと開かれるという自由の価値
 第3節 道徳的責任と選択可能性
  1 道徳的運としての選択の運
  2 行為の源泉性に必要とされる選択可能性
 第4節 本書の到達点

関連情報

受賞:
第4回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2023年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
 
書評:
山口尚 評「李太喜『自由と自己の哲学――運と非合理性の観点から』(岩波書店、2024年) をザッと読んで」 (sho__yamaguchi’s blog 2024年3月28日)
https://freedomofwill.hatenablog.com/entry/2024/03/28/131234
 
関連論文:
「選択可能性と「自由論のドグマ」」 (『科学哲学』51(1)号 pp.19-40 2018年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpssj/51/1/51_19/_article/-char/ja/
 
関連イベント:
NEW 立正大学哲学会2024年度大会 シンポジウム「自由と自己」 (立正大学品川キャンパス1151教室 2024年9月28日)
https://letters.ris.ac.jp/news240724/

自由とは運か――李太喜氏『自由と自己の哲学』出版記念 (哲学対話バーKisi 2024年5月25日)
https://gakumon-bar.com/2024/05/25/%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%81%A8%E3%81%AF%E9%81%8B%E3%81%8B%E2%80%95%E2%80%95%E6%9D%8E%E5%A4%AA%E5%96%9C%E6%B0%8F%E3%80%8E%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%81%A8%E8%87%AA%E5%B7%B1%E3%81%AE%E5%93%B2%E5%AD%A6%E3%80%8F/