東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

ゴシック建築、ステンドグラスの写真

書籍名

ゴシック建築の考古学 トリフォリウムからみる建設技術史

著者名

嶋﨑 礼

判型など

344ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2024年12月24日

ISBN コード

978-4-13-066864-4

出版社

東京大学出版会

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ゴシック建築の考古学

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中世フランスの建築というと、どこか神秘的でロマンティックなイメージをもたれる方が多いかもしれません。本書はそんなゴシック建築のイメージから距離を取りつつ、かといって「一歩引いて」見るのではなく、むしろ手で触れられるほど間近から見つめることで何がわかるかを明らかにした本です。
 
表紙の写真にも写っていますが、ゴシック聖堂建築の内部壁面の中間の高さにしばしば、奥行きのある低いアーケードが走っています。この部分をトリフォリウムといいます。人が一人入れるくらいの幅の狭い通路になっており、セキュリティの関係で許可がなければ立ち入れませんが、入ってみると興味深いディテールや痕跡が見つかります。
 
通路内部からは、壁や柱を構成するひとつひとつの石の形や大きさ、積まれ方などをよく観察することができます。トリフォリウムは多様な形状の石材を組み合わせた構造をしており、複数の建物で比較すると、石の積み方も時代とともに変化していくことがわかります。
 
壁や柱には彩色も施されています。現在は一部剥がれ落ちたり、変色したりしていますが、かつては聖堂全体に色が塗られていました。トリフォリウムの通路内部は奥まっていて人の手に触れられる機会が少ないためか、彩色の痕跡が残りやすい場所です。
 
また、石の表面には時折、人の手で彫られた記号のようなものが見つかります。後世の人々の落書きであるケースを除けば、それは石切職人が石材加工時になんらかの目的でつけたマークです。このマークの種類や多寡を調べることで、その建物の建設順序や現場組織の特徴を知る手がかりになります。トリフォリウムの使用の痕跡や、建設中にトリフォリウムに足場を固定していた痕跡が残っていることもあります。
 
通路であるからにはアクセスの道筋もあります。表紙の写真の中央やや下寄りに扉のようなものが見えますが、これは螺旋階段へ通じており、階段を通って建物の他の場所に出ることができます。階段の配置や通路との接続関係を調べることも、当時の建設計画等を知るうえで重要です。
 
こうした、建物をひとつの物質として観察し記録する研究手法は、フランスでは「建築考古学」として近年の中世建築研究の主要な方法論のひとつとなっています。「中世の産業革命」ともよばれる技術革新がゴシック建築の背景にあることは以前から指摘されてきましたが、建築考古学に基づく研究の積み重ねにより、その実態がかなり詳細にわかってきています。フランスでは特定の建物のモノグラフとして成果が出版されることが多いのですが、本書は35件の建物の調査に基づいて執筆されており、トリフォリウムを対象とすることで焦点を絞っています。
 
ゴシック建築について知りたいと思ったとき、教科書や美術全集では「一歩引いた」建物全体の写真しか掲載していない場合がほとんどで、質感や個々の石よりも大まかな外形に目が行きがちです。本書ではトリフォリウムをゴシック理解のためのある種の窓とし、その窓を通じて接近することで、重みをもった物質としてのゴシック建築の魅力を伝えたいと思っています。トリフォリウムはゴシック建築の中でほんの小さな部位にすぎませんが、そこには当時の建設技術が凝縮されているからです。
 
本書を通じて、読者の皆さんに少しでもゴシック建築の「現場」感を味わっていただけたら、著者として嬉しく思います。
 

(紹介文執筆者: 嶋﨑 礼 / 2025年3月10日)

本の目次

序章 物質としての大聖堂
1 俯瞰の作業と虫めがねの作業
2 トリフォリウムとは何か
3 方法と対象
4 本書の構成
 
第1章 様式発展を支える石組みの技
1 ゴシック以前の壁内通路
2 「石積み」から「石組み」へ
3 盛期ゴシックにおける立面と石材の大規模化
4 迫石のないアーチの採用
5 レイヨナン様式のトレーサリー
6 簡素化と柱頭の省略
7 フランボワイヤン様式の表面装飾
 
第2章 石材の規格化と加工過程
1 作業小屋と石積み職人の出現
2 規格化の手法
3 石材の寸法と重さ
4 加工と施工の痕跡
5 サインや落書き
 
第3章 材料の純化と複合化
1 充填積みの壁から単積みの壁へ
2 柱の純切石化による安定性の確保
3 構造の複合化――鉄と鉛
 
第4章 ゴシックの建設現場
1 宙に浮いた足場
2 トリフォリウムに残る足場固定の痕跡
3 部材の引き上げと運搬
4 工事の進行と中断
5 新旧の接合――サン=ドニ修道院教会堂を例に
6 階段状の建設――ノワイヨン大聖堂を例に
 
第5章 通路としての実用性
1 階段と水平通路のネットワーク
2 通路へのアクセスの可否
3 トリフォリウムの使用法
 
第6章 色彩と彫刻における可視性と不可視性
1 伽藍は白くなかった――色彩と擬似石積み
2 植物、顔、動物――個性的な建築彫刻
3 見えない部分の装飾を省くか施すか
 
終章 書斎のゴシックから現場のゴシックへ
 
補遺 「トリフォリウム」、由来不明の言葉
 
あとがき
 
トリフォリウム関連地図
調査建物一覧
用語集
図版出典一覧
参考文献
索引

関連情報

受賞:
第5回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2024年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
 
書評:
土居義岳 評 (土居義岳の建築ブログ 2025年1月7日)
https://yoshitake-ntiku.hatenablog.com/entry/2025/01/07/101139